光の風 〈封縛篇〉後編-8
そんなサルス達の動きを背後に感じながら、まだカルサの元へ進む千羅を見守っていた。彼の右肩から左太ももにかけて刻まれた深い傷、服は赤く染まり痛々しい。
背中に強い痛みを覚えながら速度を緩める事無く一歩一歩進んでいく。近づくにつれ鮮明に映る姿に涙を堪える。深く付けられた自分の傷よりもよっぽど痛い。
突き刺された剣、とても息をしているようには見えない。やっとカルサに触れられる位置までの所にやってきた。恐る恐る手を伸ばしてみる。
「その剣に触れてはダメよ!!」
玲蘭華の叫び声が千羅の動きを止めた。むしろ、その場にいる者全てが玲蘭華の声に束縛されていた。
「その剣は封縛、資格を持つ者でしか解く事はできない。《鍵》以外は触れないで!」
玲蘭華の言葉に返事をすることもなく、千羅は強く拳を握った。そして片手でカルサに触れ、一瞬にして二人は姿を消した。その瞬間をサルスは見逃さなかった。
「玲蘭華!もう次元がもたない!!」
ジンロの叫び声にヴィアルアイ達も同じ思いだったのだろう。ロワーヌがヴィアルアイの名を叫び、その瞬間に彼らの力は増した。耐えきれない重圧が玲蘭華たちにのしかかる。
「く…ぅっ!占者ナル!あとは…貴方にっ!!ジンロ!」
「分かっている!」
少しずつ二人はヴィアルアイ達の力に飲み込まれていった。しかし未だジンロの手の中に「リュナ」はいる。
せめて彼女だけでも!全てを取り込まれる、ほんの一瞬前にジンロは姿を消した。やがていくつかの悲鳴と共に光は膨らみ、爆発に近い音と風圧が発生した。
ドォォン!!
風と光がおさまり、サルスが目を開けた時には誰の姿もなかった。ヴィアルアイも、玲蘭華、ジンロ、ロワーヌ、さっきまで自分達の周りに結界をはり守ってくれていた瑛琳も、千羅もカルサもリュナも、誰の姿もなかった。
瓦礫が散らばり傷だらけの王座の間に一体何が起こったのか訳が分からない。立ち上がり足を進めてみても答えが出るわけではない。傷ついた兵士、焼かれた王座、壊された入り口、立ちこめる濁った空気、血で汚された床。
一体何が起こった?
「サルス。」
呼ばれた方向を見ると、紅奈に支えられながら歩み寄るナルの姿があった。怪我をしている様子はない、ただその表情はあまりにも悲しく険しい。
「ナル…カルサが…っ!一体、何があったんだ!?何がどうなってるんだよ!!!」
サルスの悲痛の叫びはどこまでも響き渡った。さっきまでの事がまるで嘘のように穏やかな空気。さっきまでの事がまるで夢のように、そこにはもうそこには何もない。
だがこれは現実。
たった今、嵐の中から侵入者が現れカルサとリュナを奪っていった。彼らはここにはいない。恐れていた事態が今現実に起こっているのだ。
悔しさと苛立ちとふがいなさで、サルスは思わず片手で顔を被った。もう片方は強く握り締められている。
そんな彼に誰も声をかけることができなかった。まず自分自身の動揺が止まらない。今ここで何が起こったか、自分の目がまったく信じられないでいるのだから。それはナルも例外ではなかった。
しかしいつまでもそうは言ってはいられない。