光の風 〈封縛篇〉後編-10
「サルス…様?」
兵士の声に反応したのはナルだった。悲しそうな表情でゆっくりと首を横に振る。目の前にいる青年は立ち上がり、おもむろに短剣を抜き後ろ髪を掴むと切り落とした。
その瞳はまぎれもなくサルスのもの、淡い茶色の瞳だった。
「これよりサルスパペルト・ヴィッジは亡き者とし、私がカルサ・トルナスとなる。」
まるでカルサ・トルナスの生き写しとなったサルスは、出で立ち話し方もすべてカルサのように変わってしまった。一度長く閉じた瞼、次に開かれた時には金色の瞳に変わっていた。
もはやサルスパペルト・ヴィッジの面影はどこにも見当たらない。
「カルサ・トルナスの名においてこの場にいる者に命じる。今ここで見た事、一切他言することは許さない。」
彼の声が痛い程強く深く響き渡る。誰もが彼に注目し、信じられない気持ちでいっぱいだった。時が経てば経つほどサルスは消え、カルサに変わってゆく。
「サルスは私をかばって死んだ。侵入者は私が怒りに任せて跡形もなく消し去った。リュナは衰弱が激しく私室で療養している。」
淡々と語られる新たな事実に誰も口を挟むことはない。その言葉は本物、その言葉は揺らぐ事はない彼の真実。
「これが真実だ。これが皆が見てきた真実だ。これ以外を認めはしない。」
あまりの切なさにナルは目を閉じた。嵐の後の静けさの中、低く悲しく彼の声がすりぬけてゆく。
「カルサ・トルナスの名において命じる。これが真実と心得よ!」
いつのまにか、嵐は去っていた。
はぁ…はぁ…はぁ…
荒い息遣いが聞こえる。不規則な足音、どこか悪くしているのだろうか。深い霧の中でぼんやりと影が浮かび上がる。
血まみれの姿のジンロは、片足を引きずりながらやっとの思いで歩いているようだった。力の入らない左手と左足。右手にはしっかりと水晶玉が抱えられていた。
しっかりと前を見つめる瞳には力がある。歯を食い縛りながら、揺らぎ始めた意識の中で懸命に前を目指した。
「ここなら…っ!」
深い霧の奥にあったのは鍾乳洞だった。真ん中辺りに大きめな池がある、湖というほど広くはないが池と呼ぶには深すぎる場所。
霧が晴れてきて、どこからか光が差し込みこの水がどれほど澄んでいるのかがよく分かった。