夏〜序章〜-1
何かに導かれるようにバスを降りた。
目の前は神社だった。鳥居まで長い階段があり、その奥には鬱蒼とした森が広がっている。
辺りは夏虫だけが支配し田んぼが広がっている。それを囲むように遠くには山々が見え、入道雲と青空とでコントラストを形成している。
まさに日本の原風景と言ったところだ。
…今まさに俺は運命を感じた。
察しの通り俺はただの夢見がちな高校生、日常に嫌気が差してこうして飛び出して来たのだ。そう、運命に導かれるままに…
笑いたかったら笑ってくれ。
俺は階段の上を見上げた。赤茶色に変色した古ぼけた鳥居が見える。
「運命か」
運命、言ってみれば俺の願望だった。自分は特別でありたいそんな馬鹿げた妄想、それを正当化させるのが運命なのだ。
「選ばれし者」
運命を背負う者は特別な力を持つ選ばれた者、人とは違う。
俺の小さな頃からの憧れだった。
「運命を探す、旅ですか?」
「そうそう」
声の方を見ると俺と同じくらいの歳の女の子が横に並んでいた。
風に吹かれるショートカットの髪が美しい。顔は田舎臭いがまずまずかわいい方だろう。
しかし…
「ザ・ジャージ」
田舎特有の第二の制服ジャージ、それは地方にいけばいくほど普及率が増すものだ。
そのジャージが彼女の田舎顔をさらに引き立てている。
「ジャージがどうしましたか?」
彼らにとってジャージは制服、指摘されてもピンとこないのだろう。
「いや、似合ってるよ」
適当にごまかしておく。
「ありがとうございます」
ジャージはペコリとわざわざお辞儀をした。やはり田舎は変わっている。
「で、君は何でここにいるの?」
「何でここにいるって、失礼ですね」
顔を上げ、ジャージはコホンと一つ咳払いをした。
「私を見て何か感じませんか?」
「んー何というんだろうな…言いにくいんだが」
「どんと言っちゃってください」
「小さくて柔らかそうな胸、女としての魅力を感じる」
その答えを聞きジャージは顔を赤らめ、手をぶんぶんと振った。
「違います!今度そんなこと言ったらお巡りさん呼びますよ」
自分から聞いて来たのに、お巡りさんを呼ぶぞ、と恐喝。
ジャージは見かけに寄らず恐ろしい人間だ。
「わかんないよ」
通報されたら堪らない、とりあえず答えを聞くことにした。
「わからないんですか。『う』から始まる言葉ですよ」
「『う』から始まる言葉?」
う?うから始まる言葉などあまりない。
うる星〇つら、うし〇ととら、う〇きの法則…駄目だ漫画しか浮かんでこない。
改めて自分の学の無さに絶望した。
「もう一つヒント頼む」
「うん何々ですよ」
うんから始まる言葉、うんから始まる言葉。
しばらく考えたが一つしか思い浮かばなかった。
しかしはたしてこれで合ってるのだろうか。
「うんこ?」
「私のどこにうんこを感じるんですか?」
ジャージの笑顔が固まっている。怒っているのだ。
「だから自信なさ気に言ったんだけど…」
ジャージは呆れたように溜め息を付いた。
「運命ですよ運命。感じませんか?」
「運命ねぇ」
蝉は相変わらず鳴き続け、空は依然として青い、風が吹き緑の絨毯のような稲穂が一斉に揺れた。
そんな景色を見ながら俺は思う。
夏はまだ始まったばかりだ。