《魔王のウツワ・8》-7
「姫野…すまなかった…」
姫野は一言も発しない…恐怖で押し黙ったままだ…
「さっきは怖がらせて…すまない…もう…お前にも近付かない…でも…でもな…」
熱を上げる身体とは裏腹に、不思議と頭は冴えていた。
「俺は姫野が好きだった…」
姫野の目がさらに驚きで見開かれたが、何も言わなかった…
「……すまかった…」
そんな姫野の表情を見ていたら答えなんか待てなかった…
泣きそうなのを堪え、去ることにした…
「──!?」
ふいに背中に何かがぶつかり、思わず足が止まった。
「行かないで下さい…」
背後から姫野のか細い声が聞こえた。服が弱々しくも引っ張られている。
「行かないで…」
声が振るえている…
弱い力なのに、振り払えない…
「私…私も…鬱輪さんが…好きなんです…」
───ドクン…
今更になって心臓が軋みだした。
「お、お前は…」
喉が痛い。ひりひりと焼ける様に乾き、声が上手く出ない。
「お前は…佐久間が好きなんだろ…」
「……ごめんなさい…嘘なんです…」
「嘘…?」
「…はい…鬱輪さんに好きな人がいるかどうか、聞いたとき…いないって言われて、最初は嬉しかったんです…」
姫野の声は消えそうな程細く澄んだ声だった。
「…でも…私のことも…何とも思ってないのかなって考えたら…寂しくて…それで…ごめんなさい…」
俺は振り返った。姫野の頬に流れる涙は夕日にきらめき、宝石の様に綺麗だった…
「姫野…俺を殴っていいぞ…」
「えっ…!?」
「お前も…怒ってるだろ…こんな…身勝手さに…だから…殴れ」
姫野は一度俯いた後…顔を上げた。
───パチン…
頬で小気味良い音が鳴り、清々しい痛みが走る…
「痛いな…」
痛かった…姫野の痛みが突き刺さる…