《魔王のウツワ・5》-1
人は見掛けによらないとはよく言ったものだ。
いつもは穏やかに微笑む姫野には、かなり辛い過去がある様だ。
けれど、いつも微笑んでいる。だからこそ、あの笑顔に惹かれ、守りたい思うのだろう…
※※※
「ごめんなさい…少し遅くなりました」
姫野の後ろで扉が軋みながら、閉まった。
「昨日はすまんかったなァ」
先に来ていた七之丞が謝った。はっきり言って反省の色無し。
「大丈夫です」
姫野は今日も笑った。
不思議な安心感が心の中に生まれる。
「あの…鬱輪さん」
「ん?」
ノワールを撫でていた手を止めた。姫野は鞄を開き、一冊の文庫本を取り出した。
「こ、これ…良かったら読んで下さい…一応…私のオススメですから…」
姫野は俺の何気ない一言も、きちんと聞いてくれていたようだ。
「すまない、ありがとう」
「ど、どう致しまして…」
姫野は俺に本を渡すと、俯いてしまった。
「何や?本?」
七之丞が会話に加わった。
「なあなあ、わいにも貸してくれへん?」
「いいですけど…神足さんは…どんなのが好きですか?」
「う〜ん…サクッと読めて、メチャおもろいやつ♪」
アバウト過ぎる要求…
もう少し具体的に言えないのか…
「えっと…」
案の定、姫野は困惑の表情を浮かべている。
「まあ、姫野が貸してくれるもんなら、何でもええけどな♪」
「じ、じゃあ…明日持ってきます…」
「おーきに♪」
※※※
「じゃあ、私…先に戻りますね」
姫野が立ち上がって言った。
「ああ、また明日」
「はい♪」
姫野は一礼して教室へと帰っていった。
「なら、わいも戻ろかな」
「七之丞、ちょっといいか?」
帰ろうとした七之丞を呼び止める。七之丞はロボットの様なぎこちない動作で振り返った。