或る魔導師の旅-1
私は旅の途中、一軒の宿に立ち寄った。
言うまでもないが、今夜泊まるためである。
紹介が遅れたが、私は旅好きな魔導師である。
さて、チェックインが済み自分の泊まる部屋でゆるりと足をのばしていると、宿の主人らしき人物が挨拶にやってきた。
これまた語るまでもない。ごく普通にやって来て、紅茶を注ぎ、館内の説明をする。
…但し、最後の一言だけ私の脳に焼き付いて離れなかった。
『この宿の四階の北の外れにあります部屋にはお入りになりません様、お願い致します。』
敢えて干渉しなかったが、主人の表情からしてただ事ではない事を悟った。
…その後、入浴も夕食も済ませた私はフカフカのベッドに腰掛けて読書をしていた。
まぁ、終わることのない魔法の勉強だ。
夜は刻々と過ぎて行き、分厚い本を読み終えた私はまどろんでいた……
私は今、暖炉の前の椅子に腰掛けている。
理由は定かではないが、おそらく夢か幻想であろう。
そして、向かい側にはまだ幼さの残る少年が、大きめの椅子にちょこんと座っている。
「どうしたのだ?御両親は?」と、私は少年に話しかける。
少年は静かに首を振る。
「しかし、話しかけて下さったのは貴方が初めてです。」
やや落ち込んでいるようなトーンで、少年は話す。
私は瞬時に悟った。ここは少年の作り出した幻想で、何かを訴えようとしていることを…。
「…それで?私に何を望む?出来ることなら手伝おう。」
「物分かりが早くて助かります。流石、『漆黒の薔薇』と呼ばれるだけの事はありますね。」
「言っておくが、私は人助けが趣味ではない。偶々行く先々で災難に巻き込まれるだけだ。」
もとより私は只の旅の魔導師に過ぎない。ただ、行く先々で事件に巻き込まれ、解決せざるを得なくなって、名が知れ渡ったに過ぎない。良心とかではない…はずだ。
「面倒は御免だか、君が天に召すことが出来ないのでは大変だからな…やむを得ずだ。」
そう言うと、少年は一冊の本を私に手渡した。
本と言っても、これは彼の記憶を映像化する魔法の本だ。
最初の記憶は生前だろうか。おそらく彼が自身で体験したものらしい。
ドアノブを回すと、だいぶ若い女性が天井からのびる鎖で両手首を吊し上げ、足はつくかつかないか位のつま先立ちになり、目の前に居る男性に刃物で切りつけられている。
全身が浅いのから、やや深いのまで、様々な傷ができている。
ふと、男性はこちらの存在に気付き、歩いてくる。
後退りする少年はその後…
此処で一回途切れた。