或る魔導師の旅-3
「ハッハッハ…面白い小娘よ。あの世へ送ってやろう。」
悪魔は壁に張り付いたまま、二本のダガーを投げつけてきた。
ガッ…
私は防御障壁でダガーを砕くと、そのまま術式詠唱を始める。
「障壁破壊…及び聖光解放、ホーリークロス」
白き十字架は悪魔を目がけて放たれる。
「馬鹿め。そんなもので我を殺せると思うな。…ダークフォース!」
邪悪なる塊は白い十字架と相壊し、消え去る。
「こんなものか…!?」
悪魔は気付かなかった。十字架はフェイントでしかないことを。そして、目の前に長い刀を持つ者が居ることを…
「…全解放…終焉。」
ナイフであった筈の武器は私と有名な鍛治職人が共同で作り出したもの。
そして…
私の目の前にはぐったりと倒れている宿の主人。あれだけの長い刀で斬られた筈だが、傷が見えないのは、単にこの魔剣のおかげだろう。
「うっ…此処は?」
「やっとお目覚めですか。…立てますか?」
帽子を深く被り直し、優しく声をかける。
「…悪い夢を見ていた様です。頭が痛い…」
そう言って、主人は立ち上がる。
「…いつの間にこの部屋に来てしまったのでしょう。二度と来ない様にと決めておりましたのに…」
深くうなだれる様に頭を下げ、目を手で覆った。
「ご主人…貴方が望むなら、息子さんに最後の挨拶してあげませんか。」
「え?」
私は静かに目を瞑ると、霊魂実体化の術を唱えた。
『お父さん…』
うっすらと姿を現す息子の姿に主人は感極まった様子で、そっと告げる。
「ジョン…すまなかった。父さんは…お前を救ってやれなかった。……本当にすまない。」
『父さん…もう過ぎた事じゃないか…それに、僕は…父さんに愛されてて…幸せだよ。』「ジョン!!」
『やっと休める…もう10年もずっと…最後にお父さんが…分かって良かった…ありがとう………』
こうして、宿の悪魔殺人事件は幕を綴じた。
主人には、息子さんは悪魔によって殺されたこと(無論、主人に取り憑いていたことは言わなかったが)、その悪魔はもう消え去ったこと、息子さんは無事天へと向かった事を告げた。
魔導師…それは魔法を極める者ではあろうが、あまり世間体では良い噂は聞かない。
私とて決して善人ではない。
おそらく、薬をつくれなかったら…音楽が好きじゃなかったなら……
きっと悪い事をしていたに違いないだろう。
それに…この欲にまみれた俗世間で暮らすこと自体、私が魔法を使える事自体が罪なのだから。
それでも、私は生き続けている。
せめてもの罪滅ぼしの為に…
そして…私はこの広い世界へと旅立って行った。