或る魔導師の旅-2
「………」
「若く見える女性は僕の母です。当時26歳でしょう。」
少年の見た目からして、母親はかなり若い歳でこの子を産んだ、いや産まされたのだろう。
その後に見る記憶も同じ男性が同じ部屋で次々と人をずたずたに引き裂き、おびただしい血を流して死んでいった。
人を刺殺、惨殺、斬殺…まず普通の人間なら気を失う様な光景である。
だが、紅に染まる男性は冷酷な微笑を浮かべ、部屋を去って行くのだった。
そして何よりその男性は…
「ここの主人はこんな人物か…」
宿の主人が殺人鬼とは厄介な事だ。
「…もとはこんな人じゃありませんでした。とても優しくて、真面目でかっこよくて…理想の父だったんです。なのに…」
少年の話では、自分が死ぬ一年程前から、母親の行方が分からなくなり、その頃から少しずつ狂い始めたのだそうだ。
「……悪魔か…。この手は苦手なのだが…」
私は魔力強化及び悪魔避けの為に右人差し指に銀の指輪をはめ、左手には白いシルクの手袋を着用する。
「さっさと終わらせよう。…悪の終焉はあっけない位が丁度良い。」
そう言い放つと、この少年ね幻想から覚醒した。
深夜だと言うのに四階の廊下は灯りがついており、その長い廊下はいかにもその先にある部屋へと吸い込む様に続いて行く。
「…上級悪魔、デーモンとかそんなものか。」
扉の前に立つ私は術式詠唱を始める。
「…暗黒結界、一式〜五式全解除。障壁、一、二、三破壊。」
私は愛用のナイフを構え、ドアを蹴破る。
中は薄暗く、天井からは不気味な程多くの鎖が垂れている。足元は言うまでもなく紅である。
「…砕けろ」指を鳴らすと、全ての鎖が粉々に砕け散った。
「…ほぅ。この時間にやって来るのは…ただの獲物かと思っていたがそこそこやるようだな。」
振り返れば、其処には宿の主人が立っていた。…但し、昼間とは別人の如く、目は虚ろで、両手には血まみれのダガーを握っている。
「何時まで取り憑くつもりだ?そこまで面倒な事をする必要はないだろう。」
上級の悪魔ともなると、自ら人間に化ける事も可能なのだが、こいつはワザと本物の人間に取り憑いている。
「存外、この人間は棲みやすくてな。わざわざ身を返るまでもないのだよ。」
そうして、幻想の中で見た、あのきみの悪い笑いを浮かべる相手。
「面倒は好まん。その人間から出ていけば見逃してやるぞ?」
私の問掛けに更に不快な声で笑い、そして此方を向く。
「我輩にそこまで大口を叩くとは、良い度胸よ。顔を見せてみよ。お前が死ぬ前に目に焼き付けてやろう。」
敢えて私は顔を隠していた帽子を取る。
「…惜しいものよ。お前程の美人、黙っておれば慰み物にしてやったものを…」
「フッ…、どちらにせよ、お前の快楽は血を浴びることでしかないだろうが。」それだけ言い放つと、一瞬にして相手を吹き飛ばした。