蜘蛛と蝶-1
暗闇の中に浮かび上がる二つの裸身。ベッドの上に揺蕩う二つの影はどちらも女体であった。どちらかというとまだ少女の様な幼さの残る女が仰向けになり、長身で黒髪の女がその上に跨り、下の女の左右に流れている小さな胸の膨らみを、細くしなやかな指で包み込む様に揉んでいる。
「澪・・・綺麗よ・・・」
「あぁ・・・藍香さん・・・」
澪、と呼ばれた女は、白い肌に玉の様な汗が噴き出して、頬は上気していた。藍香、と呼ばれた女は、澪の顔を見下ろしながら口許だけで微笑んでいた。
澪は、都内の大学に通うごく普通の女子大生である。藍香とは大学のゼミで知り合った。澪より一つ上の学年の藍香は、成績もよく、教授からも気に入られており、それに加えて、すらりとしたモデルの様な体型と、何処か近寄り難いミステリアスな雰囲気の為に、周囲の人間の憧れの的だった。澪も、そんな藍香に憧れを抱く一人であった。しかし、澪の方は、どちらかというと年齢よりも幼く見える顔と小柄な体型をしており、ゼミの発表でも何処か抜けている所があったり、藍香とはまるで正反対であった。しかし、自分の事を慕ってくる澪を、藍香も妹の様に可愛がる様になっていった。人目には、二人は仲の良い先輩と後輩に見えただろう。二人の関係に変化が生じたのは、澪が一人暮らしの藍香のアパートを初めて訪ねた時だった。
あまり広くは無いが、モノトーンでまとめられた落ち着いた室内。部屋の奥にベッドがあり、中央に小さなテーブルが置いてある。それを挟んで澪と藍香が座っている。
「ねえ、澪は彼氏いるの?」
ショートカットの髪をかき上げながら藍香が訊ねる。右耳だけに付けたピアスがキラリと光った。
「えっ、どうしたんですか、いきなり・・・? 今はいないですけど・・・藍香さんは綺麗だし、いるんでしょ?」
「いいえ、いないわ。・・・澪はこんなに可愛いのに勿体ないわね」
澪の肩までの長さの栗色の髪をそっと撫でながら、藍香は言った。その切れ長の目が、何処か妖しげに光っている。間近から藍香に見詰められ、澪は気恥ずかしくて視線を逸らした。ふっと藍香の髪の匂いが香った。
「じゃあ・・・セックスはした事ある?」
「えっ・・・」
唐突な質問に動揺し、頬を赤く染める澪。以前、付き合っていた男はいたが、ペッティング止まりで、澪はまだ処女であった。それに、自らを慰める事はあっても、バイブ等の類を使った事の無い澪にとって、自らの指だけで絶頂を迎えるには、その指技に限界があった。その限界を超えた世界を、澪はまだ知らない。
「ま、まだです・・・」
動揺して、掠れた声で答える澪。突如、藍香の手が澪の手の上に重ねられ、藍香の顔が近付いた。藍香の長めの前髪が澪の頬を掠める。澪は、藍香の様子が普段とは異なる事に気が付いた。至近距離から瞳を覗き込まれ、同性であるにも関わらず、澪は鼓動が速くなるのを感じていた。恐怖心はなかった。ただ、足を踏み入れてはならない、と感じる一方で、藍香がこれから取るであろう行動に期待しているのも事実だった。藍香が、耳に触れそうな程近くで囁く。
「・・・私が、教えてあげようか?」