続・高崎竜彦の悩み 〜降り懸かる災厄〜-5
「ただいま……」
電車を待つ気になれず……いや、駅に行く気にもなれず、もったいないがタクシーを使って俺は家まで帰ってきた。
「あれ?」
玄関に、親父と龍之介の靴がない。
親父は仕事にしても龍之介は……あぁ、今日は土曜日か。
美弥ちゃんがお泊りできなくなったから、あいつ暇な時間はバイトに励んでるっけ。
ま、金を稼ぐれっきとした理由もあるんだし……頑張れ。
「お帰りぃ〜」
母さんは、リビングでくつろいでいた。
お手製のひらひらふりふり付きチュニックにハーフパンツという格好で、ソファに寝そべっている。
こうして見るとこの人、ほんとに俺達兄弟の母親か?と思えるくらいに若々しい。
待山さん……いや、美弥ちゃんと並んで同い年だと主張したら、普通の人なら信じるぞ。
とても実年齢が四十……ごほっごほっごほっ。
いや、女には好きな年齢でいる権利があるから、細かい事を言うのはよそう。
「ただいま」
俺は挨拶を返してから台所に行くと、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出した。
グラス半分程の量を注ぎ、一気にそれを煽る。
「竜ちゃん、何かあったのぉ?」
リビングから、首をかしげた母さんが問い掛けてきた。
「……何で?」
問い返すと、母さんはあっさり答える。
「だぁって、竜ちゃんの癖だもの。ストレスかかると、家帰ってきたら真っ先にお水飲むの」
……おぉ、そう言われると確かに飲んでるな。
ま、人間なくて七癖って奴さ。
「自分で処理しきれないなら、ちゃんと言ってね?」
「ああ、もちろん」
もう一杯水を飲もうとした時、龍之介が帰ってきた。
「ただいま〜」
軽い疲労と充実感の滲んだ声に、俺は肩をすくめる。
美弥ちゃんのおかげで自主的にバイトを始めるまで復調したんだから、ありがたい事だよな。
「あれ、兄さん……何かあったの?」
リビングに顔を出した龍之介が、そう言う。
龍之介……お前もか。
翌日。
「ごめんなさいっ!」
平謝りに謝る待山さんを前にして、俺は渋い顔をしていた。
「昨夜メールで報告きましたっ!高崎さん、怒って帰ったって……」
いや、あのね……待山さんに謝られてもしょうがないのよ。
謝罪して欲しかった当の相手は何やら喋くるばっかりで、昨夜は思わずキレちまったもんなぁ……あぁ、己が未熟さを痛感せり。
「ほんとにごめんなさい……」
尾山さんの代わりのように何度も謝る待山さんを相手に、俺はため息をついた。
ほんと、友達思いの人だよな。
面目潰した友達の代わりに、こんなに頭下げてるんだから。
なのに当人ときたら……!
あ、やべ……また腹が立ってきた。
俺の額に青筋が浮かんだのを視認したか、待山さんが後ずさる。
「あ〜……待山さん。君には、怒ってない。それは信じて」
頼むから。
「ただ、尾山さん……彼女相手に怒るなって言うのは、無理。そこは理解して」
何の責任もない……たぶんよかれと思ってオーナーに友達を紹介した待山さんの事を責める気は毛頭ないが……あの女だきゃあ別だ。