続・高崎竜彦の悩み 〜降り懸かる災厄〜-4
それから一週間ばかり経った日の、午後十時半過ぎ。
俺はタウン誌の編集者……尾山紀美子(おやま・きみこ)さんと待ち合わせていた。
待ち合わせ場所の喫茶店『ミモザ』は、女性一人でも入りやすい明るい照明の、夜遅くまでやってるありがたい店だ。
そういえば尾山さんて、待山さんの友達なんだよな。
その縁で、うちのレストランが取材を受けた訳だが……まさかこんなにトラブるとはね。
そりゃ、あの時待山さんが俺と顔を合わせたがらなかった訳だ。
あんな事を仕出かされれば、色んな人の面目丸潰れだもんな。
コーヒーを啜りつつ彼女がくれた名刺を暇潰しに眺めながら、俺はそんな取り留めのない事を考えていた。
従業員のお姉さんにコーヒーのお代わりを頼み、俺は出入口を見遣る。
ちょうど出入口が開いて、彼女が入ってきた。
ダークブラウンの髪にはパーマがかけられ、目には黒くて太いフレームの眼鏡。
重ね着したファッションは……若々しい、という事にしておこう。
「ごめんなさい、お待たせしちゃって!」
やたらにかさ張るショルダーバッグを担ぎ直しながら、彼女……尾山さんは俺に謝った。
向かいの席にドサッと腰掛け、水を持ってきた従業員にバナナスムージーとサンドイッチを注文する。
「あ、済みません……夕飯抜きだったから、お腹空いちゃって」
「いや、構いませんけど……」
俺も腹は減ってるぞ。
何せ、仕事が終わってからすぐにここまで来た訳で……俺も夕飯抜きなんだよな。
ま、いいか。
「で、さっそくですけど……」
別に和やかな関係を築きたい相手でもないため、俺はお代わりのコーヒーが届いてから口火を切った。
「あ、その前に」
尾山さんが、俺の言葉を遮る。
「これ、見ていただけます?」
言って、ショルダーバッグから輪ゴムで束にしたハガキや手紙を取り出す。
中身はそれか。
「?」
俺は適当なハガキを一枚取り、読んだ。
次。
その次。
さらにもう一枚。
「……はぁ」
手紙やハガキはどれも、『イケメンパティシエが作る!おうちで簡単本格美味スイーツ三種!』に対する感想だった。
いわく、『さっそく作ってみました!激ウマ〜!』だの『作りやすいのに極ウマ!特集記事、ありがとうございます!』だの『ほんとにイケメンですね!今度レストランに行ってみます!』だの……。
「見ての通り、凄い反響なんですよ!」
と、言われても……俺的には、だから何?っつー心境なんだが。
「三面に入れてたら、絶対ここまで反響きませんから!」
いや、だから……。
「あ、もちろんオーナーのフレンチレシピの方も、反響きてますよ!」
あのなぁ……。
「今日は高崎さんに関係したものばかり持ってきましたけど……折りを見て手紙とハガキ、お持ちしますから!」
……オイ、このアマ。
ガタッ!
「言いたい事は、それだけか?」
あ、やべぇ……こめかみがピクピクしてる。
「俺はハガキや手紙を見にきた訳じゃない。そこんとこ、分かった上でくっちゃべってんだろうな?」
ついドスの効いた声を出しちまったもんだから、尾山さんがビクッと震えた。
しかも立ち上がったから、周囲の注目まで浴びてるし……。
「分かってやってるなら結構。俺の用は済んだから」
仕方ない、このまま退場しよう。
「失礼」
俺はレジにコーヒーの代金を置くと、喫茶店を出た。