続・高崎竜彦の悩み 〜降り懸かる災厄〜-2
――まずはランチデザートの準備を済ませ、俺はワインセラーの方に足を運ぶ。
セラーの中では西崎さんと待山さんが、ランチタイムに提供するグラスワイン用のボトルを点検していた。
「あら来たわね。イケメンパティシエ」
俺に気付いた西崎さんが、からかい口調でそう言う。
「止めて下さい……」
俺のげんなりした口調に、西崎さんはがらがら笑った。
ころころじゃない所が、この人らしい。
「で、何?」
西崎さんの問いに、俺は肩をすくめた。
「今すぐとは言いません。ご都合のいい時に、ちょっと待山さんを貸していただけますか?」
今まで顔をそむけて会話に加わらなかった待山さんの肩が、ビクッと震えた。
「別に怒ってる訳じゃない。安心して」
なだめる口調でそう言うと、待山さんが恐る恐るといった風に振り向いて俺を見た。
「ほ……ほんとに怒ってないです?」
「君に責任はないよ」
あるとしたら、あの編集者だろ。
断言した俺を見て、待山さんは肩の力を抜く。
「ごめんなさい……まさか紀美子が、あんな真似をするなんて……」
うなだれた待山さんの肩を、俺はぽんぽん叩いた。
「とりあえず俺は、あの記事に対するオーナーのご機嫌が知りたいね」
今日は食材の買い足しとか言って、オーナーがまだ出勤してないんだ。
ご機嫌が分からないからその分、恐ろしいったらありゃしない。
「できたら、一緒に来てほし……」
俺は、西崎さんに視線を転じる。
西崎さんは、首をかしげた。
「そうね……出方が少し気になるわ。ここは私が済ませるから、待山さんはちょっとオーナーのご機嫌伺いしてきてちょうだい」
「はい」
頷いて、待山さんはワインセラーの出入口へ歩き出した。
オーナーお気に入りの待山さんがいれば、百人力ってもんさ。
待山さんと連れ立って厨房へ戻ると、オーナーがそこにいた。
うへぇ。
オーナー……名前は、前橋東吾(まえはし・とうご)。
目尻には誤魔化しようのない皺が刻まれているし無造作な五分刈りの髪は胡麻塩色だし糸のように細い目をしてるし肌は浅黒いし、若いという言葉はこの人には似つかわしくない。
けれど周囲に振り撒く気配は、どう表現しようと年寄り臭いという言葉だけは似合わない。
年齢不詳のダンディという感じか……いや、確実に五十半ばを過ぎてるんだけどな。
オーナーも西崎さんと同じく、未婚の独身……もしも二人がくっついたら、かなりエキサイティングなカップルの誕生だよなぁ……。
「おはようございます、オーナー」
俺はとりあえず、挨拶した。
むろん、ごくごく慎重に。
「む?」
オーナーが、目を(たぶん)こちらに向けた。
何しろ細いから、どこを見てるのかいまいち分からない。