赤い鈴〜一般的解釈より〜-3
「ついにきたのですね」
いつのまにいたのか、背後に立った妻が静かに声をかけてきた。
慌てて紙を丸めるが、指の隙間からもれる丹の色を隠すことはできない。
深々と頭を下げられる。
「どうか、お国のために立派に戦って下さいますよう。どうか…どうか…」
次第に小さくなる声と肩が震えていて、いたたまれなくて顔を背けた。
「君は、僕がいなくても平気ですか?」
自分の声も震えている。
肩も、足も、紙を握りしめた手も震えていて、カサカサと小さな音を立てた。
「覚悟は、しておりました。でも 」
妻が顔を上げた。
夕焼けの日が交錯する。
あの日と同じ、こちらを一生懸命見上げてくる今にも泣きそうな顔。
「必ず、生きて帰ってきて下さいね」
違ったのは、彼女の頬を一筋の涙が伝っていったことだった。
* * *
「家にいる妻を思え!娘を思え!親を思え!
我らには神風が付いている、故郷も我らと共にある!
ここで引いて、そして死んで、どうして国の為となり得ようか!?」
上官が殺られ、参謀の立場から繰り上がって納まった「隊長」の座。
「救援がくるまでの間」ということだったが、結局変わらず何ヶ月もそのままとなっていた。
今や自分の口調の常と化してしまった、味方を鼓舞する為の荒々しい掛け声。
あらん限りの声を張り上げて叱咤しながら、同時にこれは自分への言い訳だと思った。
いつまでも続く戦闘。
現場を見ない上官からの冷たい指令。
手で人を殺す感触。
敵兵の血飛沫。
死に水を受け取る戦友。
もはやこれが現実か非現実かもわからなくなってくる。
夢の中でさえも戦っていることがあるのだ。
だが、「ここで引くわけにはいかない」という思いだけが残っていた。
だが、それは果たして誰の為なのだろうか?
妻?
戦友?
それとも実は本当に国の為?
「誰」という個人ではない気がする。
そう、俺は…何で……