赤い鈴〜一般的解釈より〜-11
目頭が熱くなった。
木の引き戸に手をかけ、そっと開いていく。
「僕は帰ってきたよ。約束通り、生きてたよ」
涙の混じった声で告げた。
そうしたら、気づいた君が僕に駆け寄り、胸に抱きついて喜んで「お帰り」と言ってくれる……はずだった。
「!?」
扉を開けて最初に感じたのは血臭だった。
麻痺するほどに嗅ぎなれた、それでいてけして好きにはなれない臭い。
部屋の中は真っ暗で、自分が開けた扉が唯一の光源になっている。
声も止んだ。人の気配もない。
「どうして?…君、は…?」
見回すと、何かがきらりと光ったのを感じた。
注意して見れば、きらきらした物は無数に散らばっている。
視線を更に奥に向けていけば、部屋の隅に闇にとけ込むかのように黒い塊が存在しているのに気づいた。
目の慣れと共にそれは人の形をなしていき、
「……え?」
はっきりとその姿を形作る。
「まさ、か?」
それは、自分が最も愛する君そのもので。
言葉を失った。
頭に疑問符の付いた言葉ばかりが飛び交う。
言わなくちゃいけない言葉は思いつくのに、どうしてもそれが喉から出て行ってくれないのだ。
「い…とし、の…貴方、は…遠い、と、こ、ろ、へ……」
そうして、再び妻は歌い始めた。
瞬きを忘れてしまったのか、開いたままの虚ろな瞳をこちらに向け、囁くようなか細い声で歌っていた。
「色、褪せぬ…永遠の、愛、ちかっ、た、ばかり…に…」
最近の流行りなのか?
聞いたこともない歌詞だ。
「望ま、ぬ…契りを、交わす、ので、す、か…?」
歌いながら彼女は立ち上がり、ふらふらと歩き回り始めた。
現実と認めたくない現実。
それをきちんと認めた時、なんとか身体に力が戻ってきた。
「いったいどうした!!?……痛!!」
叫ぶようにしながら駆け寄ろうとすれば、足の裏に痛みがはしった。
見れば、硝子。
彼女を取り囲むようにきらきらとしていたのは、全て硝子の、金魚鉢の破片だったのだ。