赤い鈴〜一般的解釈より〜-10
「俺も元の口調に戻りたく練習を始めようと思う。俺は元々『僕』という一人称を使っていたし、もっと丁寧に喋っていたのだよ。妻に驚かれてしまうのでね」
笑み混じりに宣言すればどっと笑い声が起こった。
「大丈夫ですよ!隊長のお人柄なら、どんな風になったって奥様は何度でも惚れ直すでしょうに!」
歓声と共に拍手が起こり、照れ隠しに頬を掻く。
戦闘で、俺が所属していた隊は始めの人数の半分になっていた。
それでも、軍上部からは「奇跡」と呼ばれた。
「よほど良い戦いをしたのだろう」と評されたが、きっとただ運が良かったと言うだけのことだ。
だが、とにかく自分は生き残ったのだ。
「家に帰ったらなんて言うかでも考えていろ!まだ時間はあるぞ!」
笑いかければ、聞き飽きるほどに語ってきた自分の家族について皆再び口々に語り始めた。
どの者も、良い顔をしている。
幸せな一時だった。
* * *
それから数日。
俺……いや、僕たちは約束通り日本に帰ることが出来た。
本当なら親に真っ先に顔を見せに行くのが筋という物なのかもしれない。
でも、僕はそれ以上に君に会いに行きたかった。
夕暮れ時の汽車を降り、故郷の匂いをかぐ。
年単位で離れていたのにその香りはまったく変わっていなくて、そのことが逆に僕を安心させた。
この道を曲がってしばらく道なり。ここで左の道を行って……時計屋があって……
忘れることのない道を辿り、「思い出」と「今」の時差を埋めていく。
見えた、あの家だ
もう悠長に門から入ってなどいられなかった。
垣根の隙間の獣道にむりやり身体を割り込ませ、抜ける。
家を端からぐるりと駆け抜ければ、君の部屋はもう目の前だ。
引き戸に近づけば、ぼそぼそと君が喋る声が聞こえてきた。
誰かが部屋の中にいるんだろうか?
でも、別にいい。大切なのは君がここにいることだ。