《魔王のウツワ・4》-5
「ひ、姫野!?」
思わず、声が裏返る。
「な、何を…」
…気付いた。
俺の服をしっかりと掴んだ姫野の手は、はっきりと分かるくらい震えていた。
「姫野…」
不謹慎だが…目の前で震えている姫野が堪らなく愛しく思える…
「姫野…もう大丈夫だ…」
そう言って、肩に手を置くと、姫野はハッとなり、慌てて俺から離れた。
「す、すみません!!わ、私…何を…」
耳朶まで真っ赤にしながら姫野はあたふたとし始めた。
「ごめんなさい…すみません…」
姫野の震えは止まってきたが、まだ顔色は悪い…
「…少し休める所を探そう」
その言葉に姫野はコクリと頷いた。
「大丈夫か?歩けるか?」
また頷いた。だが、少し辛そうに見える。
姫野の手を握った。
姫野は何も言わず、黙ったまま歩き出した。
※※※
少し歩いたところで小さな公園に出た。
白ペンキの剥れたベンチが、ぽつんと忘れ去られた様に佇んでいる。
「…大丈夫か?」
姫野を座らせ、近くの自販機で買ったお茶を手渡す。
姫野はそれに口をつけ、中身を少しだけ飲んだ。白磁の様な喉元が僅かに動く。
「病院とか行くか?」
姫野はふるふると首を振った。
「…これは…トラウマですから…」
「トラウマ…?」
「はい…私…昔、事件に巻き込まれたことがあるんです…」
姫野は語り始めた…
俺はいい、と言うことも出来ず、ただ黙って姫野の言葉を待っていた…
「私…誘拐…されたことあるんです…」
ユウカイ…誘拐…
あまりに突拍子もない単語で、漢字が出て来るまでに時間が掛かった。
「幼稚園の頃…突発的になものだったらしいんですけど…丸一日、車で連れ去られて…泣けば、殴られて…怒鳴られて…すごく怖い目で睨まれて…」
姫野は俯いて、自分の肩を抱いた。
「怖くて…警察の人が来て…助かった後も…夢とかに出てきて…それ以来…怒鳴り声や、視線が怖くなって…それで…今日も…それが甦ってきて…うっ…怖…くて…っ…」
姫野の声が掠れる…
話の途中で姫野を抱き寄せた。