隣室 ……… 第三の物語-8
わたしは下半身に指を這わせた。指が青々としたような地肌に触れた。繊毛はすべて剃り落されていた。指が微かに湿り気を含んだ恥丘を滑った。あの男は、あのときと同じようにわたしの恥丘に剃刀を這わせたのだ………そう思っても、その感覚は恥辱というより、熱く膿んでいく甘美な感覚だった。
――― あの男がわたしを犯した………それは現実に起こったことなのか………。
彼に強引に犯された体の感覚。首筋に残る首輪の感覚と手首を拘束された手錠の感覚。そして肉洞の奥が裂かれ、男のものを含んだ感覚。膿みを出したようなわたしの肉奥の感覚。わたしの中で目を覚ましたように息吹いた女の感覚は、皮膚の毛穴から、髪の毛の先から、指先から、性器から、そして体の隅々から膿(うみ)のように滲み出ていた。
テーブルの上には、男の書置きがあった。
あなたの体を存分に楽しませてもらいました。あなたの遠い記憶を鏡に映してよく眺めることです。また連絡します………。
遠い過去の記憶が薄らと脳裏をかすめていく。彼はあのときの少年に間違いなかった。
そして彼は、今のわたしを《犯すべき女》としてレイプした。どんな風に彼に犯されたのか記憶がないのに、わたしの体が彼の獣のような仕打ちの余韻を溜めていた。わたしの体はとらえどころのない狂おしい熱を残し、開き、ゆるんでいた。それは五十歳を過ぎた女の体の膿み過ぎた欲情の火照りにさえ思えた。
でも………わたしは、ほんとうに彼に無理やり犯されたのか。いや、そうではなくて、わたしが、《そうされたい》と欲望していたのではないか………。
朝の淡い光芒が気だるくホテルの部屋にわだかまっている。
滲み出る記憶と肉体の物憂さがわたしを沈鬱に翳らせている。シーツから微かに漂ってくる精液の匂いに、わたしはなぜか薔薇の花びらと尖った棘(いばら)を感じた。それはわたしに痛みを与えるのにとてもふさわしいように感じた。
わたしはベッドから起き上がると、衣服を身につけた。何も覚えていなかった。あのバーでわたしは何かを飲まされたときから記憶を失った。朦朧とした意識の中でエレベーターに乗せられ、そしてこの部屋に連れて来られた。意識を失いかけていたわたしは彼を受け入れるべくして受け入れ、たとえそれがレイプであったとしても、わたしは自ら欲情に充ちた性愛として自分の体に刻んだような気がした。
ただ………部屋に微かに残っている匂いがあった。無臭のあの男から、なぜかあの体臭がここに漂っているのか。それはこの場所に絶対にあるはずのない匂いだった………。
あれ以来、男から連絡はなかった。
夫がいない夜、肌を外の空気に晒す。なぜか自分の意思とは違ったところで肉体の火照りと寂しさを感じる。こんなことは今までなかったことだった。
《自分が夫を感じること》ができたのは、あの男に犯された夜だった。わたしは自分が男の恋人の代償としてレイプされたことに戸惑いを感じ続けていた。そこにはわたしを犯す彼の意思を含んだ視線が描かれる、
彼の瞳から注がれる蜜色の視線はわたしの体を蝕みながら体の内側に木霊し、今もまだ肉奥を犯し、溶かしていく。とても若い、わたしにとって若過ぎる男。そしてわたしの秘密を知っている、唯一の男。そんな男にわたしが犯されたことをわたしは従順に受け入れようしている。
彼に犯された(わたしがその行為を覚えていなくても)という記憶の不確かさがわたしの中に漂っていた。もしかしたらあの男の背中に回した自分の指先が愛おしく彼の肌に立っていたかもしれない。そう思うとわたしは、自分の中にある封じられた欲情の気配を良くも悪くも知ったような気がする。