隣室 ……… 第三の物語-7
恥辱にまみれた悪夢だった。誰にも知られたくない秘密だった。そしてわたしがすでに遠くに追いやった記憶だった。
「ぼくの顔を思い出しましたか」
男はそう言って煙草にふたたびライターで火をつけた。そのときわたしは初めて気がついた……それが遠い記憶の底から甦ったジッポライターであることに。そして彼があのときの少年であることに。
わたしは驚いて男の横顔に視線を注いだ。記憶の殻が砕け、何かが胸の奥を絞めつけると、恥辱の血流がどくどくと脈を打ち始めた。
「あのときのことが目に浮かびます。あなたのあそこの毛をこのライターで炙って、剃刀できれいに剃りあげたことを」
男は無機質な微笑を浮かべた。
「あなたは、あの若返った性器で旦那様と初夜をお迎えになったのですね。ぼくに感謝して欲しいものです。もしかしたら、あなたは旦那様が初めての男性ではなかったのですか」
体の血を逆流させるような彼の声が足先から頭の中まで恥辱に染め上げていく。体中が火照り、おぞましい熱でわたしを犯していく。わたしは目の前のソーダを半分ほど一気にひりひりと渇いた咽喉に流し込んだ。グラスを持つわたしの指先が微かに震えていた。
「あ、あのときの少年たちはどうしているのかしら」と、わたしは息苦しさを抑えるように言った。
「彼らは、あのあとすぐに無謀な暴走運転で車ごと崖から転落し、死にました。だからあのときのあなたのことを知っているのはぼくだけです。つまり秘密の記憶はあなたとぼくだけが分かちあえるものなのです」
そう言って男はわたしの手の甲をなぞるように指を這わせた。
そのときわたしは不意に眩暈がしてきた。自分のものでないように体が遠く離れていくような錯覚とともにわたしは意識が朦朧としてきた。口にした飲み物に何かが混入されていた………そう思ったとき、わたしは意識を失った。
翌朝、目が覚めたときわたしは自分がホテルのベッドにひとり残されていたることに気がついた。
レースのカーテンを透かして、柔らかな黎明の薄紫色の光が部屋に漂っている。壁の時計の針は六時をさしていた。
私はベッドの中の自分が裸であることを知った。ソファの上にはわたしが着ていた下着がきちんと折りたたまれてあった。
脳裏に男の姿が込みあげてくる。昨夜、わたしは彼とこの部屋に入ったのだ………微かな記憶が甦ってくる。わたしがバーで口にした液体には何かが混ぜられていた。男は意識が朦朧としたわたしをこの部屋に連れ込み、衣服と下着を脱がし、おそらく首筋をなぞるように首輪を嵌め、後ろ手に手錠をかけた。そしてこのベッドでわたしを犯したのかもしれない。下腹部の中心に男のものを含んだ余韻と弛みと甘酸っぱい痛みが微かに残り、体全体に漂う火照りが残り火のように燻っていたが、彼の行為をわたしは覚えていなかった。