隣室 ……… 第三の物語-5
「ぼくとあなたがここにいるように、ぼくの恋人とあなたの旦那様も、おそらく今、別の場所で秘密の関係をもっているのです」
男はどんな意味も含ませることができるような言葉を吐いた。そして膝の上のわたしの手の甲を彼の指でなぞった。
わたしは彼の秘密という言葉に微かな動揺を覚えた。だからわたしの手を這う彼の指を拒まなかった。
手に感じる彼の指の感触がわたしの背筋を甘美にくすぐり、体の奥をゆるませた。彼の指のまぶしさが手の甲に滲み入ったとき、わたしの体の奥に潜んでいた光彩のようなものが微かに揺らいだ。彼の指先にむき出しされていくわたしの肉奥のすき間から疼くような鼓動が聞こえ始めた。
「ぼくは、あなたと関係をもつ権利があります。あなたの旦那様がぼくの恋人と関係をもっているように」と、わたしの耳たぶを噛むように囁いた。
それがどういう意味を含んでいたのか……そう思ったわたしの頬に恥ずかしいような火照りを感じたのを彼は見逃さなかった。わたしはグラスを手に取り、体の火照りを沈めるように半分ほどグラスの液体を口にした。
「あなたがぼくのものになるための首輪と手錠を用意しています。あなたの旦那様も同じようにぼくの恋人のためだけの首輪と手錠を持っています。そしてあなたの旦那様に首輪と手錠をされた恋人はレイプされたのです」
わたしはその声に驚いて、彼の方を振り向いた。彼は知っているのだ……夫のノートの書かれた言葉を。
男は冷徹な笑みを見せて言った。
「あなたは、まだぼくのことを思い出しませんか。あなたの中にぼくが刻みつけた記憶を」
男の声がわたしに触れ、私の心の奥に絡み、何かを掬い、まるで砂のように指のあいだから零す。
記憶がゆっくり甦ってくる。わたしははっと気がつかされる。堅い殻に閉ざされていたものが溶けるように露わになっていく。忘れ去っていたはずの記憶………それは、わたしが遠くに葬り去っていた忌々しい記憶だった。
夫との結婚を三か月後に控えていた十四年前に起こったあの出来事………。