投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

アンソロジー(三つの物語)
【SM 官能小説】

アンソロジー(三つの物語)の最初へ アンソロジー(三つの物語) 56 アンソロジー(三つの物語) 58 アンソロジー(三つの物語)の最後へ

隣室 ……… 第三の物語-26



………………

 アンソロジー(三つの物語)のためのエピローグ

私は自分に空洞を感じた。心と体がすっぽり抜け落ちた空洞を。
壁の向こう側の隣室には、あの男を待っているもうひとりの私がいる。私の記憶を吸い込んだままいなくなった《わたし》が。
私は男に全裸でベッドに縛りつけられ、何時間も、何年も置き去りにされている。あのとき何度となく私の体に鞭を振り降ろし、気を失うほど私を虐げ、私の前から消え去った男。あの男だけが今の私の、私が知らない秘密の物語を知っている。
星の彩りで染められた私の体に膿(う)んでいく淫らさを、男は私の秘密に嗅ぎ取っていた。男の遠い囁きは、私の心を微かになびかせる黄昏の秋風のようにすり抜けていく。風は私の物憂い体に冷ややかに滲み入ってくる。それは澱んだ深い沼の底から淫らに湧き出る蜜液の音。

男は《もうひとりのわたしの物語》を書くように私の耳元で囁いた。置き去りにされた私が欲しがっている視線と、指と、鏡と、光に掻き乱され膿(う)んでいく私の心と体の物憂い物語を。

ベッドの上で手足を広げるように全裸で縛られた、もうひとりのわたしはどこからか注がれる誰かの視線にとても敏感になっている。色褪せていく私の体のどんな惨めなところも見逃すことなくなぞる視線は、過去の記憶と今の時間、そして私がこれから迎えなければならない老いの時間をとても濃くする。
遠い記憶の中から私を覗いている視線。ふと誰かの視線を背中に感じるとき、私は自分の赤裸々な体を晒しているように感じる。それは誰かの指で触れられた体だった。指の痕跡は肌に薄らと残っている。いや、私の肉体の中のもっと深いところに。いったい誰に触れられたのか、私は想い出せない。
やがて視線は指になる。だからあの男の指がとても欲しくなる。美しい指、淫らで醜い指、そして体の疼きを甘美に慰め、深めてくれる完璧な指。
指は私の体の突起や窪みを憐れみ、癒すように触れ、心の奥底まで深く沈められる。

私はそんな自分の姿をいったいどこに見ていたのだろうか。
それは記憶という鏡の中だった。鏡は肉体を淫らにゆるませ、鏡が含んだ光は私の心と皮膚を剥いでいく。鏡に映った私の像は、心と体にいつのまにか纏った色褪せた被膜を剥ぎ取られ、乱され、恥部をえぐり出され、淫らに裸にされていく。鏡が秘めた冷酷なほど明るすぎる光は、私の肌の染みや皺、恥ずかしいところにある黒子(ほくろ)、ゆるんだ毛穴、そして肉体のどんなところもえぐるように照らし出す。


アンソロジー(三つの物語)の最初へ アンソロジー(三つの物語) 56 アンソロジー(三つの物語) 58 アンソロジー(三つの物語)の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前