隣室 ……… 第三の物語-22
アイマスクで閉じられた暗闇の世界は、わたしの肉体をとても近いところに引き寄せ、光と影を斑に澱ませながら膿(う)ませていく。
男の気配がわたしの体のまわりで揺らいでいる。男の指はわたしに触れてこない。
不意に聞こえたのは、鞭が床を叩きつける音だった。男はわたしに振り降ろすための鞭を手にしている。瞼の裏に男の姿が浮かんでくる。ここはそういうことをする場所なのだ………わたしはふと思った。焦らされ続け、抑えようもない身体の火照りは苦痛を欲しがっていた。男から与えられる苦痛を。男がわたしだけに与える苦痛を。男はそんなわたしの欲望を知っている。
鞭の垂れた先端がゆらりとわたしの尻肌に触れる。ゆっくりと尻の裂け目から腰のまわりをなぞっていく。冷ややかな鞭の肌ざわりは男の指の嘲笑のように感じる。
男は何もしゃべらない。ひと言も声を発することのないまま鞭の先端や握り手の先でわたしの肌に触れてくる。それは男が持った鞭を意識させるためにそうしている。《鞭を欲しがる女》を男がわたしに意識させるために。わたしはとても従順なる。もっともっと彼のものでありたいという、喘ぐような欲望の渇きが渦を巻く。
ビシッーー あうっ…………ううっ……………
突然、鞭がお尻に振り降ろされ、尻肉が撥ねあがり、鋭い痛みが肉肌に走る。
ビシッ―、 ビシシッ………………
鞭は次々とわたしの体に襲いかかる。手首に革枷が喰い込む。身体がふわりと宙に浮く。鞭が空を切る音とともに、わたしの背中や、臀部や、下腹や、乳房が肉肌の音をたてる。予期しない方向から振り下ろされる鞭は容赦ない痛みをわたしの肌に刻む。
鈍く、籠ったような沈んだ音…………それは五十歳を過ぎた女のゆるんだ肉体を嫌でも感じさせた。そして何よりも鞭によって痛めつけられる体が発する肉音がわたしを嘲笑していた。
ビシッ、ビシッ…………ビシシッ…………
撫でるように振り降ろされたかと思うと、次の瞬間、烈しく肌を刻むように打ち叩く。強弱のついた鞭は容赦なくわたしの肉体の欲情を煽っていく。鞭はわたしの体のどんな部分も見逃すことなくのびてくる。わたしは肉の重みを感じる乳房と尻を淫らにゆすり、媚びるように突き出す。
ああっ………もっと、もっと欲しいわ………
叫ぶわたしの声が体の中で烈しい渦を巻き、鞭はわたしの肉体を恍惚と脱皮させ、骨の髄まで快感を滲みわたらせる。
あうっ………ううっ…………うっ………
咽喉がきしむ。鞭は色褪せた肌から皺や染み、肉のたるみをえぐり出し、晒し、乾いた子宮をゆるませ、やがて心の襞まで剥いでいく。男はわたしのもので、わたしは男のもの………そう思う心が烈しく悶えながら男の手で鷲づかみにされる。ふしぎな甘い快感が心と体の芯を掻き乱し、高揚し、やがて意識が朦朧としてくる…………。