隣室 ……… 第三の物語-20
………もっと淫らになれる体だ……と、男がわたしを卑下するように囁いたような気がした。いや、彼は何も喋ってはいない。わたしに向けられた彼の視線が闇の中でそう言ったのだ。
触れられる男の手の位置が変化してくる。手はわたしの髪をかきあげ、耳たぶを撫でる。不意に男の息が吹きかかる。男の顔の中にある甘い唇はとても近いところにある。今すぐにでも彼はわたしの耳たぶを唇で啄(ついば)むことができる。
男の手はふたたび指になる。指はわたしの耳たぶと戯れ、弄(もてあそ)んだかと思うと唇に触れた。わたしの唇の欲望をふたたび掻き出すように唇をなぞり、開かせ、ゆるませ、唇のあいだに差し入れられる。わたしは男の美しく優雅な指がもっと欲しくなる。彼のペニス以上に欲しくなる。唾液があとからあとから溢れるように込みあげてくる。すっと唇から指が離れ、唾液で濡れた男の指が頬をなでる。わたしを嘲るように。
しばらく空白の時間が続く。その静寂がわたしの体の火照りを沈める。男は触れてこない。おそらくじっとわたしの姿を見つめている。男の視線をわたしの体が愛おしく吸い込んでいくのを感じる。
不意に男の指が首筋にふれてくる。指は数本になり、指爪となって腕のつけ根を撫でたかと思うと、腋窩をくすぐるように円を描く。それはさっきまでとは違った、ふわりとした鳥の羽根のような指爪の感触だった。指は広がり手になり、ふたたび指先なり、重なり、鳥の羽根のように繊細で淫らさを含んでいく。
両腕の腋窩が交互に撫でられ、くすぐられる。
あっ、あっ…………はぁ………
嗚咽は自然とこぼれる。頭上に伸びた腕がしなり、体の力が抜けるように足元が不安定さを増す。
指は腋窩から胸元を這い、乳首のまわりに微かに触れながら旋回する。これまでどんな男に吸われたこともない乳首が彼の指を求め、胸の奥からそそり立つのを感じる。男の指はわたしの乳輪や乳首の色を確かめ、乳首に秘められたものをのぞき見るようになぞってくる。わたしは自分の乳首の色を思い出せない。ただ色褪せた乳首の戸惑いだけが揺らいでいるような気がした。
指はわたしの乳首と戯れるように絡んでくる。乳首を突(つつ)き、摘まみ、ねじり、ぎゅっとつねる。
うっ………ううっ……
思わず嗚咽がこぼれる。
男が笑ったような気がした。何を笑ったの………。わたしはそうつぶやいたような気がした。
指は、急にわたしの膝をなぞり始める。おそらく男はわたしの足元に跪いたのかもしれない。
膝頭にゆっくりと円を描き、掌となってやわらかく包み込み、ふたたび指になって膝の裏側をなぞる。不思議なくすぐったさが太腿に伝わり、わたしは悩ましく腰をよじる。
男が膝頭に息を吹きかけたような気がした。彼の唇はきっとわたしの脚のとても近いところにあるに違いない。わたしの脚に頬を寄せ、唇で脚肌を愛撫できるほど近いところに。指はそのままふくらはぎの輪郭をたどり、吸いつくように足首の周りをなぞる。何かを確かめるように。