隣室 ……… 第三の物語-2
夫婦の生活がそれなりに色褪せてくることはどんな夫婦でも同じだと思っている。わたしと夫が互いに、ほんとうに愛し合っていたのか、そんなことを今さら問う必要もないほどあたりまえの夫婦であり、そういう言葉は色褪せた記憶でしかない。
夫と結婚したばかりの頃、夫と体を重ねたとき、彼の愛撫はわたしが彼に科せた義務のように思えたことがあった。それは夫が《わたしに対する性愛の不完全さ》を覆い隠している行為だったかもしれない。
わたしは結婚してからこれまで、《そういう夫》をありのままに受け入れてきた。そして、そのことに気がついたのはいつ頃からだろうか。弱々しく、くすぐるようにわたしの陰唇のまわりだけで揺らぎ、決して中に挿入されない夫のものがいつまでも堅くならないままに、肉洞の浅いところで蠢き、絶えてしまうことがわたしの肉体のもどかしい陰翳さを少しずつ濃くしていった。
柔らかい夫のものを、ゆるんだわたしの割れ目が受け入れる、夫の柔らかいものを受け入れるだけでわたしの肉の合わせ目は色褪せ、どんどんゆるんでいく、そういう朧な肉体の交わりはいつも気だるく霞み、高みに達することなく睡魔とともに終えた。そして夫と最後に交わったのが、いつだったのかさえわたしは忘れ去っていた。
十四年間が夫婦として長い時間なのか、まだ短い時間なのかはわからない。ともに夫婦の生活を営んできたわけだから、それはあたりまえの時間なのだとため息をつくことがある。
でも今のわたしは妻ではなく、ひとりの女に立ち戻ろうとしている自分がいることをふと感じている。それは夫がノートに書き始めたあの文章のせいだった。その文字の影はいつのまにかわたしの心と体の中に物憂く滲み込んでいた。
わたしは長く私立高校の英語の教師をしていたが、五十二歳になったときに仕事を辞めた。
夫といる時間が増えた。夫婦の暗黙の馴れあいが、以前に比べてあからさまに時間に晒され、互いの顔さえ見えなくなることに初めて気づかされた。
そんなある日、わたしの体をなぞる夫の視線の何かが違うことをふと感じた。まるで別の男のような、わたしの夫のものでないような、わたしの中の女を透かしていくような視線だった。その視線にわたしは夫の情欲めいたものを初めて感じた。いつからだったのかわからない。もしかしたら以前からずっとそうだったのかもしれない。そう思ったときわたしは夫からずっと置き去りにされていた自分に気がついた。