隣室 ……… 第三の物語-18
男の指がわたしの頬に触れた。顔の輪郭を這い、唇をなぞる。それはとても甘く、それでいて支配的な指だった。わたしの意識はその指の感触だけに冴え冴えと研ぎ澄まされていく。彼の指に操られるように薄く唇が開く。彼の美しい指はすぐわたしの閉じられた瞳の前にある。わたしの息を感じられるほど近くに。
思慮深い彼の欲望はわたしにだけ向けられている。いや、彼はもしかしたら隣の部屋で同じことを自分の恋人が夫にされていることを想っているかもしれない。そのことはおそらく男の欲望をもっと濃くする。
不意に柔らかも堅くもない肉塊がわたしの頬を撫でた。それが男のペニスであることに気がつくのに時間はかからなかった。鼻先に突きつけられたペニスの眼がわたしの淫らさを暴くように視線を注いでいる気配がした。
ペニスの先端がわたしの唇をゆっくりとなぞり始めた。ふくらみを増したものが物憂く揺れ、今にもうねりそうな猛々しい堅さの気配がわたしの唇を威圧するような感覚。それはわたしが初めて唇に感じた男のペニスだった。
ためらう唇の先でペニスが淫靡に頭をもたげ始めている気配がした。唇の端が微かに震え、自然と開いていく。唾液をのみ込む音が咽喉の奥から聞こえる。
アイマスクをされた暗闇の中で、わたしは耐えらなくなり唇を開き、ペニスの亀頭を唇で挟む。暗闇の中に蠢くわたしの想像が男のものでくすぐられる。
男のペニスの輪郭と形相を唇が描いていく。濃くも薄くもない包皮の色が光にさらされ、琥珀色に潤んでいるペニスの感覚。わたしのすぼんだ唇が亀頭のえらの溝にぬるりと吸いつく。包皮がめくれ、唇と重なり、舌先はえらの縁をさまようようになぞっている。閉じられた瞳の暗闇で男の気配と体温と、ペニスの感覚だけがわたしの肉体の奥に染み入ってくる。
――― ただ、男からはどんな声も発せられなかった。
この歳になって初めての行為だった。唇に自らの性器の瑞々しささえ感じる。陰唇で含んだときに得られない快感がじわりと体の中に伝わってくる。わたしの中に拡がる海が凪(な)ぎ、深い碧さだけが澄んでくる。男のペニスに漂う空気が鼻腔をくすぐり、仄かな甘酸っぱさが舌にまぶされていく。懐かしい男のものの艶めかしい感触だった。
後ろ手に手錠で拘束された上半身をくねらせ、唇の奥に男のものを咥えこむ。いつのまにか舌が勝手に蠢き、幹の裏側をなぞり始めている。舌の上にわたしが忘れ去っていた濃密な情感が甘く溶けていく。わたしを蔑(さげす)む男の視線を感じるほどに、わたしの中に潜んでいた女の疼きが甦り、わたしは男のものをもっともっと欲しがり、深く咥えようとする。
ピチャ、ピチャ………と卑猥な音だけが響く。わたしの唇と舌は狂おしく喘ぎ、悶え、溢れる唾液が渦を巻く。唇にこわばるような自分の性器の肉奥を感じる。舌が男のペニスに烈しく絡み、吸いつき、男の肉体のすべてがどんどんわたしを充たしていく。