隣室 ……… 第三の物語-17
天井のスポットライトの光が強められる。射してくる光は体のわたしの隅々まで入り込み、渇いた肌穴に滲み入り、色褪せた肉体の輪郭をえぐり出す。その姿が鏡に映し出される。わたしは後ろ手に拘束されたまま膝の感覚がすっと抜けたように男の前に跪く。
男の裸がわたしの前に立ちはだかり、冷ややかな眼つきでわたしを見おろしている。彼はわたしの髪を指でほぐすように撫でながらも、ぐっと鷲づかみにした。乱れた髪が引っ張られ、顎がつき出すようにのけ反る。男の前で初めて感じた薄らとした脅(おび)えが、男に従属するわたしの快感をくすぐった。それはわたしの体を解き放っていく。
アイマスクで目隠しをされる。
「ど、どうして目隠しをするのかしら」とわたしは言った。
「あなたが自分の体の感覚を研ぎ澄ますためです。見えないことは、もっと見えることになります。予期もしないところから訪れる快感と苦痛はあなたの体の感覚をより鮮明にします………」
耳元でささやく男の声が甘酸っぱい息を運んでくる。
その言葉が男の最後の声だった。
男はいっさいの声を封じたように何も喋らなかった。男とのあいだに沈黙の時間が流れる。男は跪いたわたしの裸をじっと眺め続けているのだろうか。
澱んだ空気が微かに揺れる。男の足の裏が床を踏みしめる音がする。男はきっと跪いた裸のわたしのまわりを立ちまわっているのかもしれない。
まぶたの中は真っ暗なのに肌の隅々に浴びせられるような明るすぎる光の熱。それはいつも肌に感じる蜜色の優しい灯りではなかった。わたしの体の隅々まで探り、毛穴に染み透り、まるでナイフの先端で肌の奥を刻んでいくような鋭利な光の感覚だった。
色褪せた自分の肉体が恥辱に晒されるように放置されていると思うと、恥辱と快感が斑に交わり肌を火照らせる。アイマスクをされているというのに、わたしは暗闇の中で男のすべての気配を感じることができるような気がした。
微かに扉の音がしたような気がしたが、よくわからなかった。床を踏みしめる男の音が止った。時間が止ってしまったように、漂う空気が一瞬、止ったような気がした。男の気配が消え、ふたたび影のように蠢き始める。
とても長い沈黙の時間だった。
わたしは跪いたまま瞼の裏の暗闇を見つめながら男の行為を欲しがっていた。脳裏の奥は、無意識に隣の部屋の気配を探っている。夫と女の裸体が朧な幻影のように重なった。わたしはその女と同じ立場にある。そう思ったとき、わたしの体がゆるんでいく。