隣室 ……… 第三の物語-16
「自分で服を脱いで、ぼくの前に跪いてください」
男は椅子に腰を降ろして言った。その声も、視線も、唇も、冷酷に感じさせるような微笑を含んでいた。
「隣の部屋で、今夜、ぼくの恋人はあなたの旦那様と関係を持ちます。だからぼくはあなたとこの部屋で同じことをすることがゆるされるのです。そのことを望んであなたはここにやってきた。そうではありませんか」
よく響く硬質の鋭利な声だった。
部屋の大きな窓から漆黒に塗られたような夜空が見え、まどろむような星の彩りが気だるく漂っている。
部屋の真ん中だけを照らす蜜色の灯りはあまりに明るすぎた。まるで手術室のライトのような光がわたしと男を浮き彫りにしていた。ライトの中で男の姿が威圧的に大きく見えた。その明るさは、わたしに肌を晒すことを戸惑わせた。
「何をためらっているのです。ぼくがあなたの服を暴力的に剥ぎ取ることを望んでいるのでしょうか」と言って、男は薄く笑った。
わたしはまるで男の声によって催眠術にかけられたように衣服を脱いで下着姿になった。
「その下着も脱いでください」
こんなに明るい光に肌を晒すことはこれまでなかった。わたしのような年齢の女が体を晒す明るさではなかった。いや、もしかしたらあの夜、彼はわたしの裸体をこんな光の下で眺め尽くしたのかもしれない。そう思うと恥ずかしさを煽られるように込みあげてきた。
男の前に裸をさらす戸惑いと男の肉体に対する疼きが交錯する。
「わかっていると思いますが、あなたはこの部屋ではぼくの奴隷です。きっとあなたの旦那様もぼくの恋人に向って同じことを言っていると思います」
重く響いた男の声に追いたてられるようにわたしはスリップの肩紐を外す。ショーツが脚先から抜け落ちる。あまりの恥ずかしさで思わず乳房を掌で覆い、下半身をよじった。
《すでにその時間》に達していた。夫の手帳に書かれた日のその時間に。
夫と女は、今のこの時間に隣のK―三○X号の部屋にいる。白い漆喰の壁の向こう側から物音は聞こえて来ないのに、ふたりの気配だけが感じられ気がした。
男は首輪と手錠を手にしていた。わたしの手首が後ろ手にねじられる。抵抗することもできないまま、あっという間にわたしは背中で手首を拘束され、ゆるんだ乳房も、弛んだ下腹の脂肪も、索莫とした漆黒の翳りも、明るすぎる灯りによって恥辱に晒される。
首筋をなぞるように革の首輪が嵌められる。まるで彼の奴隷のように。そのときふと、夫の女の影が脳裏を横切る。そしてその若い女も夫にわたしと同じことをされているのだと思ったとき、烈しい妬心が自分の中の羞恥心をえぐるように煽(あお)る。