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アンソロジー(三つの物語)
【SM 官能小説】

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隣室 ……… 第三の物語-15

ノートに書きとめられたあの文章の続きはまだ書かれていない。
 あいかわらず迷っていた。今さらその女に電話をしていったい何を言うのだろう。いや、もしかしたら女の電話は、もうつながらないかもしれない。衝動を抑えられないままに貴美子は思い切って女に電話をかけた。
受話器を持つ手が微かに震えた。なかなかつながらない。一瞬、通じたかと思ったら電話はすぐに切れた。しばらくしてからわたしはもう一度、番号を確かめながら電話をかけた。数度の発信音が途切れ、自動で通話状態になる発信音がすると電話がつながった。
とっさに言葉を連ねた。声が微かに震えていた。もしもし……わ、わかっているわ。あなたがわたしの夫と関係をもっていることは………。
返事はなかった。無言の静寂だけが受話器から伝わってきた。
長い沈黙だった。わたしはその沈黙に耐えるように息を殺した。電話を介して止った時間がわたしを脅かした。沈黙はとてもゆるせないものだった。あの部屋にいる夫と女の冷たい輪郭だけが浮かんでくる。やがてその輪郭は重なりあい、混じりあい、わたしの手が届かない淡い光の中に溶けていく。
そして電話は切れた。
 
 
 夫のノートの端に新たに走り書きされたメモには、女との逢瀬の時間と場所が記されていた。あのホテルのあの部屋だった。わたしは迷うことなく、あのホテルセリーヌに電話をかけた。あの老紳士の声がした。
時間は夫のノートに書かれたあった時間に合わせ、夫が女と会うことになっているK―三○X号の隣の部屋を予約した。老紳士は電話の先で、部屋のしつらえは三○X号の部屋と同じだと言った。
 奥様がお一人でお見えになるということですね………承知いたしました。素敵な男性をご用意させていただきます。きっと奥様もご満足いただけると思います……と彼は電話で言った。


 ――― その日、部屋にいた男は、あの男だった。

「ここでふたたびあなたと会えることを楽しみにしていました。いや、必ずそうなることを、あなたとあの夜、会ったときからぼくは予感していました」と彼は言った。
 仄かな恥ずかしさが込みあげてくる。何かが複雑に絡んだ糸のような冷気が彼の視線となって首筋をなでた。わたしは微かに首をすくめた。体の内側から体液が溶け出し、肉肌をゆるませていく。
 男はすでに下半身の一点を覆う細い紐のような黒いブリーフ以外に何も身に纏ってはいなかった。わたしが想い描いたとおり、彼は、たくましく厚い胸と腕、堅く引き締まった腹部と太腿の筋肉、それでいてしなやかな瑞々しい肉体の持ち主だった。あの夜の彼の身体の記憶がわたしの中からゆらりと甦り、わたしの体の奥から疼きを掻き出すようだった。



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