隣室 ……… 第三の物語-13
檻のようなエレベーターで三階に上がると、細い廊下の先にその部屋はあった。
どんなことをする部屋なのか、わたしは最初、理解できなかった。というよりこれまで自分が身を置いてきた世界とはあきらかに違っていた。
SMの部屋だわ………わたしは小さくつぶやいた。高い天井から垂れ下がる鎖、磔木、淫らに脚を開かせる調教台、床に剥き出しのまま埋め込まれた便器、そして石の壁に埋め込まれた大きな鏡、そして正面は大きなガラスの窓だった。
窓の先には、外の鬱蒼と繁った樹木の中に切り取られるように夕暮れの風景が広がり、その大部分が暗くなった黄昏の空のパノラマを見ることができ、まるで吸い込まれ、浮遊しているような感覚が体を包んだ。空には瞬き始めた星が散りばめられ、その彩りはわたしを知らない世界へと誘惑しているようにさえ感じる。
「奥様は、こんな部屋を見るのは初めてでございますか……」と老紳士は言った。
わたしは茫然と佇んだままだった。異質の部屋の風景にのみ込まれたわけでなく、この部屋と重なるように夫と女の像が浮かんできた。
顔も知らないあの女の像と夫の姿が色濃い気配としてわたしの胸の中に潜んでくる。
「男と女が究極の欲望と快楽を貪るための部屋でございます。奥様はご経験がないようでございますね」
その部屋を訪れるのは、夫とあの女。そして、ふたりはこの部屋で秘密の行為を行うことができるほど深い関係なのだ……そう思うとわたしの胸の奥が急速に絞めつけられていくのを感じた。
ホテルの玄関まで老紳士に見送られたとき、彼はわたしから何かを察したのか不意に言った。
「お待ちしておりますよ。あなたのような素敵な方があの部屋をお使いになられることを想い浮かべただけで心がときめいてくるものです。女性お一人でも楽しんでいただけるように相手の男性はこちらでご用意させていただくこともできますので、お知り合いの殿方以外の男性とお楽しみになりたい場合はご連絡いただければと思います」