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アンソロジー(三つの物語)
【SM 官能小説】

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隣室 ……… 第三の物語-11

かえりみれば、夫との性的な生活は最初から充たされないものだった。さらにどんな夫婦もそうであるように夫婦の生活がわたしという女の心のときめきや体の疼きを希薄にした。いや、もっと淫らに堕落することを忘れた肉体は皺枯れ、歳を重ねていき、ただ夫との色褪せた日常だけを纏っていた。
男と女であることの交わりが意味を持たない夫婦であることは、もしかしたら無責任そのものかもしれない。夫婦であることの希薄さは罪であり、醜い脆さであり、自分を虐げる苦痛だと、これまでに思わなかったことをあらためて考えるようになっていた。
わたしの中に入り込んでこない夫の性愛。いや、そもそも夫はわたしに対する性愛を忘れ去っている。ましてや歳を重ねていくわたしの体がどれほど夫に欲情を生むというのだろうか。
溶けたように垂れた乳房、甘い色素を失っていく乳首、ねっとりと脂肪のついた下腹、輪郭の弛んだ腰と張りのない臀部、陰毛の中の希薄な湿り気。
あたりまえの生活の中に、あたりまえに夫が存在することの不満がわたしに、自分の肉体と性の老いを意識させた。
 
そしていつのまにか夫との性愛を望まなくなっている自分がいた。それがいつ頃からなのかわからない。いや、ただわたしの肉体が夫に欲望を生まなくなっていただけのことなのか。自分の中の女が芽生えそうで芽生えないじれったさだけによって肉体が曖昧な熱を持つことにいつのまにか慣れ過ぎていた。
そして夫が関係をもっているという女によって、夫という存在をふたたびわたしの中に浮かび上がらせた………わたしはそう思うようになっていた。
夫は今頃、あの女に首輪と手錠を嵌めている。きっと妻であるわたしに一度として見せたことがない欲望をいだいて、厭らしく、淫らに。女は夫に欲望をいだかせることができる女。わたしが失ったものをすべて持っている若い女。そして、わたしを飢えさせようとしているあの男の恋人なのだ。
わたしはあの男との秘密によって牢獄に閉じ込められ、置き去りにされた憐れな囚人になる。そう思うとわたしは無性に夫を手放したくないという自分を苛む自虐的な気持ちが強くなり、その若い女に対する息苦しい妬心に苛(さいな)まされるのだった。


夕暮れの強い陽ざしが街路樹の葉をぐったりとしならせ、遠くの交差点の道路が陽炎で朧に霞んでいる。
 夫の手帳の隅に記された女との待ち合わせの場所と部屋の番号。いったい何を確かめようというのか。夫があの女と逢瀬を繰り返している場所を確かめたところで、ほんとうに夫の浮気の証拠とはならない。わかっているのにわたしは電車に乗り、地下鉄駅から雑居ビルのあいだを抜けて歩き、自問を繰り返していた。
 ここまで来たことに後悔しては後戻りをして、ふたたび振り返り、先に歩み始める。もしそのホテルからあの女と夫が一緒にでてきたら。そう考える怖さと自分の愚かさが沸々の胸の内を息苦しくする。そんな白昼夢は現実としてありえないことではなかった。

 夫はいったいどんな気持ちでその女と関係をもっているのだろうか。いや、まだ夫がその女と浮気をしていると決まったわけではない。あの男は嘘をついている……もしかしたら自分の思いすごしかもしれない。
脳裏を巡って来る疑念に侵されるように歩いていたわたしは、いつのまにか自分が道に迷っていることに気がついた。地図で何度も場所を確認する。とても長い時間、わたしはさまようようにその場所を探した。小路に入り込んでしまうと自分がいったいどこにいるのかわからなくなってしまった。わたしはまるで今の自分の心のように迷い続けていることにふと気がつく。



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