結愛の憂鬱…-2
【ごめんなさい。この状況をわかって貰うために、まずは夫の、星司くんの家系のことから説明するね】
悠子は、古くから続く特殊な能力者の一族と、その能力が故に一族が情報統制に長け、秘匿性を併せ持つことを説明した。
その継承者である星司の妻となった優子にも特殊な力があり、その優子の力で、数年前に他界した自分の魂に、居場所を与えてくれたことも伝えた。
にわかには信じられない内容だった。しかし、それを裏付けるように、結愛の脳内には、悠子と名乗る女の声が響いていた。
「信じられない…」
そんな結愛に、悠子はダメ押しをすることにした。
【結愛さん、あなた『痴漢専用車両』って聞いたことあるでしょ】
「『痴漢専用車両』…。そんな噂を聞いたことがあります」
【それって、結愛さんの彼氏さんのご友人を通じてですよね。アーチストの彼氏の名前は、今は控えますけど、彼氏のご友人は、マスコミ関係の人ですよね】
「そんなことまでわかるんですか!」
【ごめんなさい。普段はそこまで探らないんですけど、結愛さんの記憶の中に『痴漢専用車両』のことがあったから気になって】
『痴漢をされたい女のための貸し切り車両』。他には『復讐のために痴漢をする集団』のような、とても信じがたい噂があると、彼氏から聞いた。
「でも、それって都市伝説でしょ。そんなのがあったら、エッチなあたしが悦びそうだって、彼が話題にしたんです」
彼氏から噂を聞いた日の行為が、痴漢プレイになったことを思い出した。その興奮を思い浮かべた結愛の指が、自然と割れ目に沈められた。
一部のマスコミに嗅ぎ付けられた痴漢専用車両は、陽子の能力によって、結愛の認識のとおり、都市伝説レベルに下がるまで、情報統制はされていた。
【でも、都市伝説じゃなくて、本当にあったらどうする?】
「えっ?」
【しかも、特殊な能力を持った集団で、情報統制が長けてて、秘匿性もあって、どんなにエッチなことをしても、それを動画を撮られても、絶対に流失することがなかったらどうする?】
『情報統制』『特殊な能力』『秘匿性』、星司の一族の説明を受けたときと重複する単語の羅列。
「まさか…」
結愛の目が見開かれた。
【痴漢専用車両へようこそ。うふふ、あたし、一度これを言ってみたかったんだ】
悠子の声が脳内に明るく響いた。
「そ、そんなのが本当にあるの?あなたたちがそうだって言うの?」
結愛が、自分を見詰める優子たちを見渡した。
「はい。あたしたちがそうです」
優子が真面目な顔で頷いた。これは悠子の指示だ。
「本当なのね…」
「本当です。で、結愛さん、どうします?」
「『どうします』って?」
「結愛さんが、後悔し始めてるって、今、悠子さんから聞きました。痴漢専用車両のマスター…、あたしと悠子さんの夫の星司さんのことですけど、マスターの意向は、嫌がる人の動画は全て消すことにしてます。結愛さんは消して欲しかったんですよね」
結愛が訪問した当初の目的を、優子が再確認した。
「もちろん消し…」
即答しかけた結愛の言葉が、途中で止まった。
「ち、ちょっと待って…」
本当は『消してください』と言うつもりだった。しかし、優子の少し突き放した口調が気になり、それを押し留めたのだ。
「どうします。ご希望ならば、直ぐに消しますけど、そのときは、今回のご縁も消すということになります。夫との行為もこの場限りの秘密にしますし、結愛さんが口外しない限り、もう、結愛さんに関わることも無いから安心してください」
「もう、関わらないって…」
まだ、形となっていない結愛の躊躇の中身を、優子がハッキリと言葉にし、結愛はその要点をつぶやいた。