杏奈と健 〜 献身 〜 -9
「どうしよう?お母さん。病院行ったほうがいい?」
杏奈は不安になり、子育ての先輩である母親に聞いてみた。
「8度5分くらいならもしかしたら下がってくるかもだから、暫く様子を見ましょう。どちらにしてもこの時間だとどこの病院も時間外だから。」
杏奈は不安に苛まされながらも母親の言葉に従う事にした。
それでも一時間ごとに熱を測ると、5分づつの割合で熱は上がり続けていた。
そうこうしている間に父親が車で帰宅して来た。
母親が父親にどうしよう?と話していた。
咲良には少し痙攣のような症状が現れていた。
堪らず杏奈は「お母さん!病院行く!車出して!」と叫んでいた。
咲良は見た目にも苦しそうに息をしている。
最初、母親が自分の車を出して来たが、父親が運転すると言って杏奈と母親は後部座席に座り、ぐったりとした咲良の身体を擦るように声を掛けていた。
「咲良!咲良!お願い!咲良!」
杏奈も母親も、もう咲良以外に意識が行かなくなっていた。
最初に家から一番近い市民病院へ向かったが、時間外で今は対応出来る先生がいないと断られた。
父親がすぐさまスマホを使って救急対応の病院を調べた。
「県病院だ!ここから20分はかかる。少し飛ばすからしっかり咲良押さえてろ!」
普段、運転の慎重な父親がカーブではタイヤが鳴くほどのスピードで走っていく。
父親も必死だった。
杏奈も母親も咲良を振り飛ばされないように必死に二人で押さえながら、祈っていた。
咲良の身体は益々熱くなっていた。
祈るしかなかった。
20分後、県病院へ着くと杏奈は涙を流しながら対応した医師にすがりついた。
「お願いします!お願いします!咲良を助けて下さいっ!」
母親はそんな杏奈を背中から肩を抱き、支えていた。
父親はただ黙ってその姿を見つめていた。
暫くすると咲良の診察が始まった。
時間外なので詳しい検査は出来ないが、一過性の発熱だろうとの事だった。
触診でも異常は特に見られず、一歳前後の乳幼児によく見られる、原因はよくわからないが一過性の発熱だろう。
熱冷ましの座薬を出すので使ってみて下さいと言われた。
母親が咲良を抱き、説明を受けていたが、その横に立っていた杏奈はその場にヘナヘナと座り込み、まるで腰が抜けてしまったようだった。
思わず父親が後ろから抱え上げようとしたが、杏奈は暫く座り込んだまま立つ事が出来なかった。
それほど安堵したのだ。
料金の会計が出るまで、杏奈と母親、父親、咲良は待ち合いの長椅子に腰をかけていた。
ふと思いだしたかのように、父親が口を開いた。
「そういえば、誰か健に連絡はしたのか?」
杏奈と母親は目を見合わせ、咲良のこの騒ぎ以前に健の事を話し合った事で少し気まずくなっていた。
それでも杏奈は思い直し、咲良の父親だからと割り切ると「ゴメン。お父さん。健の事、すっかり忘れてた。ちょっと外で電話してくるね。」
そう言ってロビーから外へ出て、杏奈は健に電話をかけた。
父親は母親に向かって
「やれやれ、忘れ去られてたのか。可愛いそうなお父さんだな。」
と笑っていた。
母親はその言葉に素直に笑えないでいた。
熱冷ましが効いてきてスヤスヤと眠る咲良の頭に頬をつけ、「杏奈···」と呟いた。