杏奈と健 〜 献身 〜 -4
健がそうふざけると、女はそれを見て
「ウフッ。ホント。いっぱいだね。」
少しはにかみながら女はそれを見上げていた。
健はそのゴムの先をクルクルッと縛ると、ポイっとベッド横にあったゴミ箱へ投げ捨て、ベッドサイドのコンソールにあったティッシュを数枚引き抜き、女の秘部へ当てがい、また数枚ティッシュを引き抜き、自分のモノに纏わりついていた精子を拭き取った。
女が自分の秘部を拭き取ったティッシュを受け取ると、自分のモノを拭いたティッシュと共にクルクルと纏めあげ、ゴミ箱へと投げつける。
健はベッドサイドへ降り立つと、左手をスッと出し、女を誘った。
女は健のその手に応え、健の前へとベッドから降り立った。
そして二人は身体を合わせ、ディープな口吻を交わした。
夜の闇に間接照明だけが二人を照らし、チュプチュプと顔を斜めに、右へ左へと入れ替えながら口吻を繰り返す音だけが部屋に響いていた。
健の178cmの身長に対して158cmの女はほぼ精一杯背伸びをしなければならなかったが、健も女の身長に合わせ、少し腰を曲げることで深く、甘い口吻を続けていた。
暫くして二人は唇を離し、ゆっくりと抱き合うと、健から女の腰へ腕を回し、シャワールームへと消えていった。
松前健は24歳を迎えていた。
大学での陸上生活は中学、高校と輝かしい功績を残した事実を掻き消すほど過酷で、健は陸上部に入部後、すぐに膝を痛め、思うような成績も残せずに目指していた大学駅伝でもレギュラーメンバー入りを逃し、大学1年、2年、3年と混沌とした時間を過ごしていた。
それでも家族の後押しを受け、怪我を克服し、なんとか大学4年で迎えた最後の駅伝大会で往路2区を任され、区間トップのタイムで駆け抜けた。
陸上生活最後の花道だった。
しかしチームは9位と振るわず、シード権さえ取れずに健の大学生活は終わりを告げた。
健は卒業後、ひとつふたつの企業から実業団への誘いもあったが、陸上生活はここで終わりだと悟っていた。
自分のフルマラソンタイムもオリンピック選出タイムからは大きく離れ、トップ選手に絡んでいける才能はないと自身を判断したからだ。
人間にはいくら努力を重ね、多少の才能があっても、それが才覚を兼ね備えているものではないのだと現実を突きつけられていた。
健はクラブ活動として陸上を趣味として続けられる大手物流センターへ幹部候補生として就職していた。
走る事自体は辞めることができず、何らかの形で関わり続けていきたいと思っていたからだ。
物流センターという仕事は、亡き実父がトラックの運転手だったという事実も自分の心の中に導きのようなものを感じていた。
安心安全で運行をサポートする。
そういう仕事に誇りを持って運営に携わりたい。
健は常日頃からそう思いを募らせ仕事に向き合った。
健がその仕事に着いて丁度半年が過ぎた時、血の繋がりはないが、健が高校卒業前にお互いの想いを重ね合った二つ上の姉の杏奈と念願の結婚式を挙げた。
それは杏奈の妊娠が発覚したからだった。
二人の間には元気な女の子が産まれた。
桜の季節だったので、父や母の希望もあって、「咲良(さくら)」と名付けた。
世間的には姉弟から夫婦になったことを面白可笑しく捉えられたようだったが、家族的には何も変わったこともなく、ずっと普段通りが続き、新しい命が加わっただけ、という生活感しかなかった。
しかし健だけは違っていた。
大学生活の中でもがき、苦しみ、それから逃れるように言い寄ってくる女を抱くようになっていた。
杏奈に対して罪悪感がなかった訳ではない。
それでも合宿に入ると、家族から離れる寂しさを癒すかのように女と交わる事でそれから逃れていた。
高校時代の華やかな功績で健の人気は高く、寄ってくる女は寄鳥味鳥だった。
言い寄ってくる女たちには後腐れのない一夜限りだと釘を刺しては交わった。
それは就職してからも続いていた。
そんな時だった。
大学時代、同じ陸上部に所属していた佐藤明日香と出会ったのは。
それは娘、咲良が産まれて約一ヶ月後だった。
彼女は物流センターへ荷物を預ける企業の一社に所属しており、健がその企業へ出向研修に出かけた時に再会した。
彼女は大学時代、整った顔はしていたが、どこか垢抜けず、地味な女の子だと感じていたが、再会を果たした時は綺麗なメイクと衣装に包まれ、見た瞬間に彼女と気づかないほど美しかった。
整った顔立ちに小さな卵型の顔。
どこかのアイドルグループならセンターに立てるほどの美貌の持ち主だった。
彼女は偶然にも健の研修担当となり、彼女のほうから快く声をかけてくれた。
「松前君。久しぶり。」
そう声をかけられて、初めて彼女だと気がついたほどだった。