第29話 黒の狂詩曲-1
一樹からの返信には、今すぐ別のプライベートメアドに画像を送り直せという切実なお願いと、不在中の綾乃との接触についてはあえて口を出さないので本人の自主性に任せるということが書いてあった。
前者は再送すればいいとして、後者については渡りに舟というところだった。というのも、明日の夜は綾乃と待ち合わせて百貨店に買い物――それも下着――に行くことになっていたからだ。ことの発端は昨日のSMチックなプレイ後のピロートークだった。
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「綾乃さんってパステルカラーが好きなの?」
「うん、そうだね。ピンクとかが多いけどかわいい色はついつい買っちゃうんだよね」
「そうなんだ。じゃ、濃い色とか寒色系とかは好きじゃないの?」
「好きじゃないわけじゃないけど、試したことがないって感じかな。好きなの?」
「うん。実は俺下着フェチなんだよね。Tバックとか大人っぽいのもドキドキする」
「Tバック! とても考えたことないわ。なんか履き心地も想像つかないっていうか」
「……わかる気がする。でも、似合いそうな気がするけどなぁ。お尻大きいし」
「いやん、恥ずかしいこと言わないで」
「ごめんね。でも、褒め言葉だよ。綾乃さんのお尻すごく魅力的だと思う」
「嬉しい……。そしたらさ、明後日の火曜日、夜お仕事何時に終わりそう? 一緒に見に行かない? ちょうど下着買い替えどきなんだ」
「え……いいの、俺で。ていうか、下着売り場に男入っていいの?」
「大丈夫よ。それに、その場でいろいろ感想聞けるし、いいじゃない」
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初めて入る下着売り場。顔には出せないが、フェチの亮介にとっては天国同然である。
「ねぇ、これとこれ、どっちの方が好き?」
「うーん、色はこっちの紺がいいけど形はこっちかな。レースってのが大人っぽくでエロい」
「すごい、自分の意見がしっかりあるのね。さすがフェチ」
「ふふふ」
軽妙に会話を弾ませながら歩く二人の目に飛び込んで来たもの。それは、ミニマムなマネキンのディスプレイだった。黒で統一されたランジェリーフルセットに身を包み、ある種|荘厳《そうごん》なオーラを発している。
「……これ、すごい……ね。ガーターベルト、初めて見た」
「しかもTバックだよ……」
全体をレースやチャームがさりげなく設えてある上品なデザイン。恐る恐る亮介を見ると、真剣な表情で視線を向けてきた。
「嘘でしょ……私こんな大人っぽいのなんて……」
「お願い、これ絶対似合うと思う。ていうか、これ以外ありえないぐらいすごくいいと思う。一樹、気絶するかも。綾乃さんがこれ着てくれたの見れたら俺死んでもいい!」
「亮介……くん……」
綾乃は、ランジェリーに対してよりも、亮介の熱意に驚き、呆然としてしまった。