第11話 まあまあ……スタンダード-1
どうしても外せない予定を終えて帰宅した一樹は、リビングに入るやいなやソファにどっかと腰掛ける。
「ゆうべのこと、詳しく聞かせてもらってもいい?」
途中で寝室に退散してしまった一樹だったが、本当ならずっとあの場で一部始終を見ていたかった。あれから約半日が経過したこの昼下がりになって一樹も落ち着いてきた。
「うん……。でも、どこから一樹が見てないのかわからないから教えてもらえる?」
「あぁ、わかった。えっと、口に出された後に綾乃が正常位で亮介に激しく突かれて……もうすぐイきそうなところぐらいまでかな」
自分でもすごいことを言っていると思う。目の前の綾乃も動揺は隠せず、聞きながらしきりにあっちを向いたりこっちを向いたりしたかと思えば、顔を手で覆ったりして落ち着かない。
「……そうなんだね。私、その時のこと、最後……自分がどうなっちゃたのかなんだかよく覚えてなくて」
「……だろうね。白目を剥きそうなぐらい朦朧としてたもんね。そんなに気持ちよかったの?」
「……うん……」
「そう……」
リアルで見ていたのだから一樹もわかっている。それでも、本人の口から聞くというのは重みが違う。嘘でもいいから、(実はそんなことなくて)とか(演技しちゃった)なんてセリフを一縷の望みとして期待していた。そんな自分がバカだった。打ちひしがれてしまいそうな自分を鼓舞すべく一樹はちょっと空元気気味に聞いた。
「そっか〜。じゃ、そのあとも盛り上がってもう一回戦って感じ?」
「う……ん」
歯切れの悪い綾乃に、一樹が畳み掛ける。
「二回……とか?」
綾乃は、顔を紅潮させて天井を見上げ、息を吸いながら、
「……え……っと……」
と続ける。
一樹は腹の中に暗雲が立ち込めて来たような気がした。この先の言葉は聞かないほうがいい、そんな予感さえする。ダメだ、この流れはヤバい。
「……覚えきれなかったかも」
「ごめん、どういうことか順を追って教えてもらえる?」(――覚えきれないって、どういうことなんだ?)
「……怒らない?」
一樹はハッとした。
(そんなに怖い表情をしているのか俺は。そんなに冷静さを欠いているのか俺は。俺としたことが――)
瞬間的に明るく努めるようにシフトできたのは一樹のプライドが為せる技だった。もとは自分の意思で始めたこと。慌ててどうする。
「そんな、怒るわけないじゃん! すごく楽しいよ。もっと聞かせてみてよ」
「……よかった。それなら……話すね」
無言の笑顔で一樹が頷く。
「すごく気持ちよくなってから、しばらく亮介君の腕の中で横になってたの。動けなかったから」
「そうなんだ」
「うん。それでね。シャワー浴びにいこうと思った時に『一樹、いるの?』って声をかけたんだけど、返事がなかったから……もうその時は寝てた……のかな?」
「うん、そうだと思う」
「やっぱり。でね、体を洗ってたら亮介君が入ってきたの。ほんとびっくりして。そしたら、バックハグされちゃって……」
「されちゃって?」
「うん……。」
「え、ちょっと待って、風呂場にゴムは無いでしょ? まさか生で……?」
「……ううん、入れられたりはしてないの……。ただいろいろ……気持ちよくされちゃった……の」
一樹が生唾を飲む。綾乃が目を合わせて言う。
「つづき、しよって言われて。またお布団に戻ったの」
「体位……は?」
「後ろから……。あのね、背中をすごく舐められちゃったんだけど、ゾクゾクしちゃった。そしてね、その次もあってね。いろいろな抱かれ方があるんだねって思って……気持ちよかったし、感激しちゃった」
さっきから、少しずつだが綾乃が饒舌になってきた気がする。
「背中、そんなに好きだったっけ?」
「……そうみたい。」
調子に乗っていたわけではないが、一樹の気を悪くしたのではないかと少し反省した綾乃はトーンダウン気味に返事をした。
(あたしって、こんなにエッチだったんだ……)
そう思ってしまうぐらい、激しく感じてしまう夜だった。一樹に不満があるとか、そんなことではない。知らない世界を体験し、驚き、すっかり身をやつしてしまったのだ。