第3話 安心できる相手とは-1
セックスは嫌いではないのだが、自分から積極的に求めたいとは思わない。夫の愛情の確認ができれば十分だし、言葉や軽いハグでも嬉しい。ましてや激しいプレイ等に興味を持っているのでもない。夫婦にとって、落ち着いてきたことは悪いことではないがなんとなく物足りなさを感じていたのも事実だった。そんな綾乃にとって、一樹の提案は衝撃というより他なかった。
別の男性に抱かれる。それも夫の目の前で。
気が動転するというよりも、全く意味がわからなかった。ただでさえ恥じらいに満ちた行為なのにも関わらず、そんな倒錯した状況で自分を他の男性に捧げるなんてできるわけがない。
(こんなめちゃくちゃなこと……できるわけない)
自分たちが倦怠期にいてなんとか打破したいという一樹の気持ちは汲んであげたいし、綾乃もどうにかできるならしたいと思っている。
だとしても――。
(勇気を出して……なんとか断ろう)
綾乃が口を開けようとした瞬間、まるでその動きを察していたかのように一樹は言った。
「相手は、亮介にお願いしようと考えてる」
「え……亮介君って、あの亮介君……?」
夫の高校時代からの親友。クールで論理的思考の塊のような一樹とは好対照の亮介。他人への共感性が強く、自らを落として周囲を笑わせるようなこともするような性格は、出会って早い段階から綾乃の心を開かせていた。特別に好意を寄せているわけでもないが、夫の他の友人たちと比べると最もリラックスできる相手だ。一樹の長期出張時には買い物に付き合ってもらったこともあるし、さらには、独身である亮介の部屋に単身で遊びに行ったことさえあるのだが、そうしたことが成立したのは亮介の生真面目さとそこへの一樹夫妻の信頼あってこそだった。
「安心だろ?」
いたずらっぽく笑う一樹。
確かに安心な相手だ。実際、綾乃は一樹の口からでた亮介の名前によって拒絶を中止したわけだ。しかし、寝取られの依頼に素直に従うと、手を出される前提ではないか。そんな混乱が綾乃の中で生まれていた。
一方で、亮介に抱かれる場面の想像もしている綾乃がいた。男と違って、女の脳はマルチタスクだという。右脳と左脳、どっちがどういう働きをしているかはわからない。が、逡巡は綾乃に二の句を継がせないという状態を作り出していた。
「よし、決まりだね。もっとも、あいつが受け入れてくれたらの話だけど」
一樹は、綾乃の沈黙をいいことにそれを肯定の意思表示として半ば強引に受け止めた。これは作戦通りであって拙速ではない。普段の二人のコミュニケーションを観察していた甲斐があったというものだ。もちろん、綾乃が亮介に恋心を抱いているとまでは思っていないし、事実その通りだろう。しかしある一定の、好意にも似た感情が彼女の中に在る。そのことは確信している。
そんなことがあったのが先月初旬。それから約1ヶ月の秋の入口。亮介の唇の柔らかさとうなじの感触。それとともに、今まで感じたことのないゾクゾクとした情動に驚いていた。
(どうしよう、なんかこれ……嫌じゃないかも……)
道を外れる恐怖を快さの感情が上回っていた。