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妻を他人に
【熟女/人妻 官能小説】

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初めての性接待 (1)-1

 スイートルームを前に、ゆきは小さなため息をつく。
 あとはこの扉をノックするだけ。
 わかっているのに、手が動かない。

 大きく深呼吸してみる。
 吐息が、滑稽なほど細かく揺れた。

 トイレで身だしなみはチェックした。
 歯を磨き、化粧を直し、髪の毛を整え、おりものシートを剥がす。普段なら胸を高鳴らせながら行う「ベッドインの準備」の一つひとつが、今日はまるで処刑台の階段を登るように感じられた。

 逡巡していても何も始まらないし、始めなければ終わらない。
 始めるのが怖い。

 たった一、二時間。
 すぐ終わる。
 大丈夫。
 心を殺し身を委ね、時が過ぎるのを待てばいい。
 大したことじゃない。
 こんなの別に、なんでもない。

 ゆきは自分に言い聞かせ、意を決して扉をノックした。

  *

「こ……こんばんは……! Oゆきです……。さきほどは楽しい時間をありがとうございました……!」

 扉が音もなく開くと、男が立っていた。
 今夜の会食でゆきの正面に座っていた男。政権与党の重鎮であり政府の要職にも就くUである。
 ゆきは深々と一礼し、Vに指南された前口上を早口で申し述べる。

「あの……もしお邪魔じゃなければ……U先生ともう少しご一緒させていただきたいなと……。勝手ながら伺わせていただきました……!」

 声が震えている。呼吸が震えていたのだから当たり前のことだ。

「やあ、Oさん。嬉しいこと言ってくれるね。まあ中へ入って」

 ゆきの緊張を見て取ったのか、Uと呼ばれた男は人の良い笑顔を見せ、室内へ招き入れてくれた。
 今からこの部屋でこの男を身体でもてなす。まったく現実感がない。

「まさかOさんが来てくれるなんて思わなかったよ」

 あらためて乾杯しながら、Uは思わず本音を漏らした。
 いつものように「港区女子」などと呼ばれる類のタレントやモデルの卵があてがわれるものと考えていたのだ。
 今ここに居るのは、清楚な佇まいで会食に華を添えていたA社の美人秘書。美魔女としてちょっと世間を騒がせていて、たしか人妻だったはず。そんな女がアテンドされてきた。

「Wさんにはよくよく『お礼』をしなければな。よろしく伝えておいてくれよ」
「いえ……Wさんは関係ないんです。私がU先生との時間を過ごしたくて参っただけですので……」
「ははは。まあそういうことにしておくよ」

 ゆきは「すべて自分の意思で」この部屋を訪ねるようVに強く命じられている。接待の場に同席した女性秘書が、たまたま接待相手の男性へ個人的な好意を抱きホテルの部屋を訪れたという建て付けである。
 ちなみに「反社」であるVは会席含め表には一切出ていない。「その方がお前もWも出世できるだろう。お前らが儲かれば儲かるほど俺も絞りがいがあるってもんだ。へへへ。三方良しの名案だろう?」ということらしい。

  *

 極度の緊張で固くなっていたゆきだが、会話は思いのほか弾んだ。

 およそ政治家と呼ばれる人種は人当たりがよい。マスコミに日々叩かれテレビではしかめ面をさらすことの多い職業だが、彼らの本質は要するに人たらしであり、一対一で接してみれば大抵の人間をファンにしてしまう魅力を備えているものだ。
 そんな世界のトップに君臨するのがUである。彼からすれば、小娘ひとりの緊張を解きほぐし笑顔にさせることなど造作もないことであった。

 リラックスさえできればゆきも調子が出てくる。
 生来の人柄の良さはもちろん、自分がどのように笑いどう相槌を打てば相手が悦ぶか、夜の女や港区女子のような下心に裏打ちされた押しつけがましさのないゆきの応対は、とくに歳上の男性に効果を発揮する。
 加えてその美貌とスタイル、そして本人の意思とは無関係に匂い立ってしまう人妻のフェロモンが男を惹きつける。
 ゆきとUは互いに酒を酌み交わしつつ、大人の会話を楽しんだ。

「それよりどう? この部屋からの眺めは?」
「素敵です。こんな綺麗な夜景、初めて……」
「もう少し近くで見てみよう」

 ソファから立ち上がり手を差し出すU。
 ゆきは一瞬戸惑ったものの、はにかみ笑いを浮かべつつ男の手をとり膝を揃えて立ち上がる。どことなく男好きのする所作は彼女本来の「素」の仕草ではあるが、今はそこに少しの「義務感」が混じっている。

 ゆきは考えていた。
 なんとか楽しい会話を続けることで、この人がずっと紳士でいてくれれば。
 そうしているうちに酒がまわり、眠くなってくれれば。

 Uと肩を並べ美しい夜景と会話を楽しみながらそんな淡い期待を抱き始めたゆきの腰に、Uが手を回してきた。
 男の手は少しずつ下りていき、やがて人妻の尻の丸みにそっとあてがわれる。
 突然のセクシャルなタッチに驚き、男を見上げるゆき。

「ゆきさんと、お呼びしていいかな?」

 こくりと頷く。

「ゆきさん。あなたと、キスしたい」

 自分が何のためにこの部屋を訪れたのかを思い出し身を固くする女の唇に、男の唇が迫る。

「いいかな?」
「…………はい…………」

 目を閉じ、男のキスを待つ。

「ん…………」

 男女の唇が、触れ合った。

「んん…………チュ……」

 なんと潤いのない口づけだろう。
 心ときめかぬキスは、自分が娼婦であるという自覚をゆきに強いる。

「チュウ……んん……ぁむ…………んむ…………んん…………」


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