杏奈の気持ち 〜 秋陽 〜 杏奈と健-9
目を瞑っていると、そのまま寝てしまい、次に目を開けると、辺りは真っ暗でした。
健が帰って来て、ドアを閉めた音で目が覚めたのでした。
スマホをオンにすると、時間は午後10時を回っていました。
健、夜練から帰って来たのか···
そう思った瞬間、ガサガサゴソゴソと気配がして、あっ!健、またオナニーするんだ。
そう直感しました。
壁際へ向かい、耳を澄ませます。
でも、気配はするのに、何も聞こえてきません。
アタシは机の上にあった、ペン立てにして使ってあった粉末コーヒーの瓶を手に取り、中身を音を立てないようにベッドへばら撒き、口の空いた側を壁にくっつけ、口の閉じている側へと耳を当てました。
よくテレビドラマなんかで探偵さんがやるヤツです。
少し音は籠もって聞こえるけど、健の声が聞こえてきました。
健が擦っている音まで小さいけど、シュッ!シュッ!と聞こえてきます。
「ああ···姉ちゃん。姉ちゃん···」
えっ?!姉ちゃん?
今、姉ちゃんって言ったよね!
アタシはあまりの驚きに、口に掌を当てたまま固まってしまいました。
その後も「ん···姉ちゃん。姉ちゃん··」と小さな声で健は呟いていました。
シュッ!シュッ!という音が速くなっていきます。
そして···「ウウッ!あ、杏奈ぁ···」
アタシは自分の名前が呼ばれた事に感動していました。
健。
健がアタシを想ってオナニーしてる。
もうアタシの頭の中には健しかいなくなっていました。
健。アタシ、健しか愛せない。
気づいたの。
他の人に抱かれても、浮かんでくるのは健の姿だけだった。
諦めようとしたけど、諦め切れなかった。
その健がアタシを想ってオナニーしてた。
健もアタシが好きなんだ!
健。
ありがとう。
アタシ、健の想いに応えたい。
いつまでも泣いてる場合じゃない。
アタシはアタシの想いを伝えなきゃ。
今すぐに出て行くと、健がビックリすると思って、コーヒーの瓶から出したペンやマーカー、マジックなどを瓶に詰め直し、暫く息を潜めていると、健の部屋から音楽が聞こえてきました。
それを合図にアタシは部屋を出て、トイレに駆け込み、そのままお風呂へ入りました。
鏡を見ると、酷い顔でした。
目は涙で腫れ上がり、顔自体が浮腫んでいました。
今日は誰にも顔みせられないな。
そんな事を思っていました。
お母さんが心配して見に来ました。
「杏奈、起きたの?お風呂入って大丈夫?熱はないの?」
アタシは少し慌てたけれど、出来るだけ平静を装い
「うん!ありがと!もう大丈夫。ちょっとサッパリしたかったから、お風呂入ってるから。」
明るく聞こえるように返事しました。
「そお?ダイニングに一応、お雑炊作っておいたから、大丈夫なら食べてね。お母さんたち、明日もあるから、お先にね。」
そういって部屋へと戻って行きました。
「お母さんありがと。感謝だよ。」
お風呂から上がると、パジャマに着替え、アタシはお母さんの作ってくれた雑炊を温めて、リビングで一人食べていました。
鶏の出汁の効いた少し濃い目の味付けが丸1日何も口にしていなかった胃に染み渡る気がしていました。
お腹が満たされると、元気が湧いてくる気がしました。
お母さん。感謝だよ。
ホント、ありがとね。
食べ終わり、それをきちんと洗って片付けると、再び部屋へと戻りました。
健を愛したい。
健に愛されたい。
頭の中はその事だけがグルグル回り始めました。
健がオナニーしながらアタシを呼んだ。
今はその事実しか頭になかったのです。
そんな時でした。
朝になって、朝食に下へ降りて行くと、お母さんが、「前に言ったと思うけど、来週末、お父さんとお母さん、お祖父ちゃんの三回忌に富山行くからね。悪いけど、晩御飯とか自分たちでしてね。杏奈、またで悪いけど、お願いね。」
そうお母さんに言われたのです。
あっ!そうだった。
お父さんとお母さん、法事で家を空けるんだった!
健と二人きりになれる!
コレはチャンスだ!
アタシの頭の中にはそれしかありませんでした。
アタシは出来るだけ平静を装い、「健は?どっか出かけるの?」と一応確認のために聞いてみました。
「オレ、受験生だよ。どこ行くっていうの」と、いつものそっけない返事が返ってきました。
ヨシっ!ヤタっ!
アタシは心の中で大きくカッツポーズをしていました。
お父さんもお母さんも仕事に出て行き、健も学校へと走って行きました。
アタシも嫌だったけど、大学へと向かったのです。
昨日、何も連絡せずに休んじゃったから、同期とか心配してるかな?
恐る恐るLINEを開くと、凄まじい数のメッセージが来ていました。
ヤバっ!これ返事するだけで、どんだけ時間かかるの?
そう思ったけど、一つ一つのメッセージにお詫びの気持ちを込めて返事を書きました。