杏奈の気持ち 〜 秋陽 〜 杏奈と健-53
お母さんは
「あら、改まってなあに?大事なこと?」
そう健に聞き返します。
湯沸かしポットのお湯でササッと入れたブラックコーヒーを持って、アタシはソファーの間に置いてあるガラスのテーブルの上にコーヒーカップを置きました。
お母さんが
「あら、悪いわね。ありがとう。」
と言うと、アタシは少し緊張しながら「ううん。」と答え、そしてアタシは健のすぐ隣に腰掛けました。
それを見たお母さんの眉がピクリと動いた気がしました。
健との距離、近すぎたかしら···
そう思った次の瞬間に健は話し始めます。
「母さん。僕と杏奈さ···」
そう言うと、お母さんは
「杏奈?」
健の言葉に違和感丸出しで反応します。
「僕と杏奈、好き合ってるんだ」
健はごく端的にはっきりとお母さんに伝えました。
アタシも想像していなかった展開に少し驚きましたが、健らしいって頼もしく思っていました。
目をまん丸に、とても驚いた表情をお母さんは見せましたが、「それでさ···」と続けようとした健を遮って
「お父さーんっ!お父さーんっ!」
お母さんはいきなり大きな声でお父さんを呼び始めました。
「ちょっとぉっー!アナタっ!アナタっっ!」
家中に響き渡ります。
「えっ?えっ?」
健もアタシもお母さんの言動が理解出来ずにただオロオロとしていました。
このタイミングでお父さんが入ってくれば、絶対お父さん、パニクっちゃう。ダメダメお母さん!
そんな気持ちで手を振りながらお母さんを止めようとしましたが、お父さんは「どぉしたぁ〜?」とリビングダイニングに入って来ました。
するとお母さんは
「アナタっ!この子たち、やっと自分たちの気持ち、言えたって!」
大きな声でお父さんに言っていました。
健とアタシは「えっ?」とお互いの顔を見合わせていました。
お父さんはお母さんのその言葉を聞いて
「そぉかぁ。やっとかぁ〜」
と感慨深げに頷きながらアタシたちの前へとやって来ました。
アタシも健もお互いの顔を見合わせ、何が起こっているのか理解出来ずにいました。
するとお母さんが
「あら?意外?」
と聞いて来ます。
アタシたちは小さな声で「何で?」と聞き返すのが精一杯でした。
「アナタたちが好き合ってることぐらい、知ってたわよ。ずっとあなたたちしか見て来なかったんだから。母親ナメんじゃないわよ。」
お母さんが話し始めます。
お父さんは「父親もな」と笑みを浮かべながら続きました。
「素直になればいいのに、って、お父さんともいつも話してた。奥手の疎いお父さんだって気づくんだもの。きっと誰が見たってあなたたちが好き同士ってわかると思うわよ。」
お母さんは満面の笑みで語りかけてきます。
アタシたちはお互いの顔を見合わせて、恥ずかしさから俯くことしか出来ませんでした。
するとそこでお父さんが口を挟みます。
「姉弟とはいえ、全く血の繋がりはないんだ。お互いがお互いを大切に思い、必要とするなら、それもアリだろって母さんと話していたんだ。
考えてもみろよ。杏奈は女の子として、とても優秀だし、気も利いて頭も切れる。嫁としては最高だろ?
健は責任感があって、努力家。いざとなれば冷静な判断が出来るし、肝も座ってる。こんな立派な婿さん、探したってなかなかいないゾ。」
お父さんはそう言ってソファーに深く腰を降ろしました。
お母さんの背中に手をあて、スリスリと擦っていました。
何度も目にした夫婦の労りを感じる光景でした。
アタシはこの光景が大好きでした。
そしてお母さんが再び話し出します。
「杏奈がずっと健を想っているのはアナタが高校ぐらいから気づいてたわよ。だって健の大会が近づくとソワソワし始めるし、どんなに小さな大会でも、大会の日は決まって早起きしてイソイソと出て行くんだもん。丸わかり。
アナタ、受験始まるまで、夜、健が走りに出ていくと、そお〜と出て行ってたでしょ? 自転車乗って。知らないとでも思ってた?
たまに玄関で会うとコンビニ行くとか言って、何も持たずに帰ってくるんだもん。バレバレよぉ〜。お父さんだって、また行ったな、って笑ってたのよ。」
お母さんはケラケラと笑いながら続けます。
「健だって陸上始めたのは杏奈に良く思われたいからでしょ?
ちっちゃい頃から姉ちゃん守れるような人間になりたいって、ずっと言ってたものね。
陸上始めてからは大きな大会だと決まって姉ちゃん、オレ頑張るからって、絶対来てくれって、あからさま過ぎでしょうよ。
杏奈が大学入った頃なんて、家帰って来たら姉ちゃんは?姉ちゃんは?って言ってるくせに、杏奈帰って来たら、とたんにそっけなくしてみたり。
そのくせ、チラチラ杏奈の事見てるくせにね。意識しないように無理してたの、ミエミエなんだから。笑っちゃうの堪えるの、大変だったのよ。」
「それに··健がスマホでいつも聴いてる、クラッシックギターの曲。アレ、題名は「鏡の中のアンナ」っていうのよね。
お父さんと買い物行ってる時に偶然車のラジオから流れて来て、題名聞いたとたんに二人で笑ったわよ。ギターに興味持ったんじゃなくて、曲名で好きだったんでしょ? お父さんなんて、渋いの聴くなあと思ってたら、そういう事かぁ···なんて。ねぇ。お父さん。」