杏奈の気持ち 〜 秋陽 〜 杏奈と健-52
「ううん。何でもないよ。ありがと。毎日やってれば、誰でもこれくらい出来るようになるよ。毎日の積み重ねね。」
健の努力している姿を見て、アタシも勉強したんだよ、と言わんばかりに笑顔で答えると
「それ!その笑顔。僕、好きだな。」
健は顔をクシャッとした笑顔でアタシを指指しました。
「いきなり何?ビックリするじゃん!」
アタシは本当にビックリして固まってしまいました。
「いや、思ったこと口にしただけだけど···」
健もビックリしたように返してきます。
「絶対健ってホストの才能あるよ。」
アタシはふざけたつもりでしたが
「なんだよ。それ。」
健は心外そうに顔を横向けてしまいました。
確かに一生懸命褒めているのに、それを茶化されては気分良くないよね···と思い、アタシは今後この話題は封印しようと思っていました。
アタシが朝食を食べ終わり、ごちそうさまでした。と手を合わせたタイミングで健はお皿を纏め始めました。
アタシも自分の使ったお皿を纏めてシンクへと運びます。
濡れ絞った布巾を健に渡すと、健はテーブルを拭き上げ、それをシンクに戻し、アタシが洗ったお皿を乾いた布巾で拭き上げ始めました。
「ねえ。どうする?」
アタシから話し始めました。
「ん?何が?」
健が聞き返して来ます。
「お父さんたち。帰って来るでしょ?」
アタシたちの事を話すのかどうなのか、アタシは知りたいと思いました。
「僕たちの事を言うか言わないか、ってこと?」
健はそう聞き返して来ます。
「うん。そう。」
アタシは言葉少なく頷きました。
「僕は帰って来たらとりあえず母さんには打ち明けようと思ってる。」
健は迷う事なくそう答えました。
「えっ?!」
アタシはビックリでした。
「なんで? 昨日の夕食の時、そう話したじゃん。」
健はそれが当り前のように答えます。
「あ、でも今日なの?」
あまりに意外な答えだったので、アタシは聞き直しました。
「今日でも明日でも明後日でもいいことなら、今日やっとかないと。じゃないと、いつまで経っても出来なくなるよ。」
アタシは健のその前向きな姿勢がホント凄いって思っていました。
「やっぱり健ってスゴいね。そういうモノの考え方、スゴく素敵。だから好きになっちゃうんだろうな。」
アタシは何も考えることが出来なくなって、思ったままの言葉を口にしていました。
健はアタシが褒めたことに少し照れていて、少し笑みを浮かべながら俯き加減でアタシが洗い上げたお皿を拭いていました。
お皿を洗い終わったアタシは吊るしてあったタオルで手を拭くと、すぐさま健の後ろへ回り、「健。大好き♪」と抱きついていました。
健はお皿を拭きながら「僕も大好きだよ。杏奈。」と後ろを振り向きながら答えてくれました。
健が最後のお皿を拭き終わると、アタシは背伸びをしてキスを求めました。
健はそれに応え、腰を曲げ、チュッ!としてくれました。
向かい合ってどちらからともなく抱き合うと、心温かく、満ち足りた気持ちになれました。
ふと時計を見ると、11時半を回っていました。
アタシは風呂場へと向かい、洗い上がった洗濯物の入った洗濯籠を持って来て、テーブルの上でそれを畳みました。
畳み終えた洗濯物を各個人、用途別に分け、アタシと健の物はそれぞれの部屋へ持ち帰ります。
そして再び二人がリビングへと戻り、アタシが「何とか間に合ったね。」と胸を撫で下ろしたその時でした。
ピンポ〜ン!と呼び鈴が鳴りました。
帰って来た!両親だ!
アタシは一瞬健の顔を見て、走り出すと同時に健に来ないで、と手で合図を送り、玄関へと向かいました。
鍵を開けると、お父さんとお母さんがたくさん荷物を持って入って来ます。
お父さんが「ただいま〜」と言うと、続けてお母さんも「ただいま。」と玄関へ入って来ます。
アタシは二人に普段と変わらない笑顔で「おかえりぃ♪お疲れ様でした。」と出迎えました。
お父さんはスーツケースを自分たちの部屋の前へ置くと、紙袋の中からお土産のような物を取り出していました。
お母さんは荷物を玄関先に置いたままお父さんより先にリビングダイニングへと向かいます。
お父さんはお母さんを追うようにして歩き出しました。
アタシは二人を確認するように後に続きます。
健はリビングで、さも今までテレビ見てましたと言わんばかりに膝を組んでソファーに腰掛けていました。
お母さんが「ただいまぁ〜」と言いながらリビングへ入ると、お父さんはお土産を冷蔵庫に仕舞いながら、「健。健の好きな鱒寿司買ったきたぞ。」と言っていました。
健の「ありがと」という声が聞こえたかと思うと
「やっぱり土日は新幹線、混むわねぇ」とお母さんが溢しました。
お父さんは「荷物片付けるわ。母さん、コーヒーでも飲んでな。」
そう言ってお父さんは玄関横の自分たちの寝室へと向かって行きました。
アタシはお父さんの声を聞いて、お母さんにコーヒー入れてあげなきゃ、と思い、「お母さん。コーヒー入れてあげるね」とダイニングに向かいました。
健、チャンスよ、と目で健に合図を送りました。
健もそう感じていたのか、大きく頷いていました。
お母さんはアタシに向かって「あら、ありがとう。」と言いながら、「よっこいしょっ」と健の向かいのソファーへ腰を降ろしていました。
健はお母さんをジッと見つめ
「母さん。話があるんだ。話っていうか、相談なんだけど。」と話し始めます。