杏奈の気持ち 〜 秋陽 〜 杏奈と健-35
「アタシ、大学、国立にしたの、健の影響なんだよ。
健、高校入って、他校じゃ周りにスゴいのばっかで、全然勝てない日が続いたでしょ?。でも、健、クサらずに毎日キツイ練習を黙々と続けてた。
毎日毎日おんなじメニューこなして、いつもそれ以上を求めてた。
そんな姿見て、そうか、何かを成し遂げようとするには、毎日の積み重ねなんだ、積み重ねて人は強くなるんだ、って、健が教えてくれたの。」
「だからアタシ、健みたい何かを人に伝えられる人間になりたいって思って、教育学部にしたんだよ。」
瞬間、健の「えっ?」って声が聞こえたけど、アタシは構わず話し続けました。
「もう健しか見てなかった。見えなかったんだもん。だから健には精一杯美味しいもの食べて欲しいと思って、料理も勉強したの。」
握っていた健の手に力が入りました。
「僕の為に洋食屋でアルバイトしてたの?」
そう聞かれて、アタシはそうだよ。って思い、小さく頷きながら「ウン。」と答えていました。
健はさらに両手ともアタシの手に置き、全ての指を絡ませて来ました。
そして「姉ちゃん···」と呟いた後、アタシの後頭部へと額を擦り付けながらギュッ!と抱きしめてくれたのです。
アタシは更に続けます。
それはアタシの全ての想いを今、健に伝えなきゃ、という気持ちからでした。
「でもね。その頃の健って、女なんか全く興味ないって感じだったでしょ?。
アタシなんか、なんとか振り向いてもらいたいって思って、健が家にいる時はテレビで女優さんがするみたいに色っぽく髪の毛かき上げたり、色っぽく見つめてみたりしたのに、健ったらそっけなくて。」
「そもそもアタシに色気とか魅力ないのかな?とか、健、ホントに女に興味ないのかと思って心配したんだよ。」
そう言うと健は
「いや···そんな事はなかったけど···」
健は少し困っていたようでした。
「でもね。ある日気づいたんだ。健、寝る前なんかに、たまにオナニーしてるって。」
そう言うとアタシは健がどんな顔をしているのか見たくなって後ろを振り向きました。
健は困ってしまって、複雑そうな顔をしていました。
アタシはすこし可笑しくなって笑ってしまいました。
「最初はガタガタゴトゴト、何してんだろ?って思ってたんだけど、規則正しい音の後に、「ウッ!」って声が聞こえて来て、あっ!オナニーしてるんだ、って気づいちゃった。」
健が頭を掻いているポリポリって音が聞こえて来ました。
アタシはそれも可笑しくて、ウフフって笑ってました。
「なんだ、普通に女に興味あるんじゃんって、その時に安心したかな。」
ホントだよ、って気持ちでアタシは振り向いて健に精一杯の笑顔で振り向きました。
「そのあとも何かにつけてアプローチするのに、健、全然アタシのこと見てくれないし、もしかやっぱり「姉弟」って割り切ってるのかな?って思っちゃって、諦めるしかないのかな、って思った。」
「だから大学入って、周りにも慣れて、少し浮かれてたのもあるけど、良さそうな人がいたら、食事したり、映画行ったりもしてたのね。
あっ、声かけられたら、だよ。
アタシから声かけるなんて出来なかったから。そんな良い人もいなかったし。」
「でも、どの人もみんな上っ面ばっかで、カッコつけてるけど、中身ないって感じで、健以上の人なんて一人もいなかった。」
「処女あげたのだって、このまま健が振り向いてくれないんなら、誰でもよくなっちゃって、お酒も入ってたし、それまでの中では一番優しそうだったし、圧されちゃって、まあいっか···みたいなっちゃって···」
「でも、違ってて··」
そこまで告白すると、アタシはまたあの忌まわしい出来事を思い出してしまい、枯れてしまっていた筈の涙が溢れてきました。
でも、健の前で泣いちゃいけない気がして、一生懸命堪えていました。
でも、健には嘘はつきたくない。
この気持ちを誤魔化した瞬間に終わってしまうような気さえしていました。
「悲しくて、辛くって、一日中泣いてた。なんだか自分自身も許せなくって···」
アタシは勇気を振り絞って続けました。
「でもね。次の日、少し気持ちも落ち着いてきたら、健の部屋でゴソゴソ音がして、あ、またオナニーするのかな?って聞き耳たててたんだけど、良く聞こえなくって。
それでね。ペン立てにしてたコーヒーの瓶を壁に当てたの。そしたら、アレってホント良く聞こえるの。」
「姉ちゃん、姉ちゃん、って聞こえて来て、最後、杏奈ぁ〜って。」
そう言うとすぐに健は反応するかのように「スミマセン···」と謝ってきたのです。
「え?何で?」ってアタシは思いました。
「なんで謝るの?アタシ、そん時、スッゴい嬉しかったんだよ?」
今度は健から「えっ?!」と返ってきます。
「だって、健、アタシをオカズにオナニーしてんだもん。絶対アタシのこと、好きなんだ!って確信したもん!」
「姉弟とか関係ない!絶対健を振り向かせてみせる!って心に誓ったんだもん。」
アタシは少し興奮気味に両手を握りしめ、それを振るように力説していました。
「諦めないって精神を教えてくれたのも健だしね。」
アタシは全部伝えられた、と健の腕をグッと抱きしめていました。
健は全てが納得できたように「それで今日なんだ。」と頷いていました。
アタシは小さく「ウン」と返事をしました。
「僕が頑張れたのは、姉ちゃんのおかげでもあるんだよ。」