杏奈の気持ち 〜 秋陽 〜 杏奈と健-33
そう健が言うと、アタシも心配になりました。
アタシの中で健に振り向いて欲しい。
健を愛したい。
健に愛されたいという気持ちばかり大きくて、それまで両親の気持ちなんて考えたこともなかったのです。
「そうだね。それ考えると気が重いね。」
アタシは健にそう言うと、思わず視線が下を向いてしまいました。
そんな事を考えてもいなかった自分に自己嫌悪でした。
「父さんなんか、ひっくり返りそうだよね。」
健がそう言うと、その場面が想像出来て、益々気分は落ち込んで来ます。
「確かにね···」
アタシは重く相槌を打つしか出来ませんでした。
「先にお母さんに相談したほうがいいかも。」
アタシはこんな話はすぐにパニックになるお父さんより、何事も冷静に受け止め、アタシたちのことを何より優先して考えてくれるお母さんのほうが適任だと思いました。
「そうだね。母さんならわかってくれるかも。」
健も同じ気持ちのようでした。
そして健はウンウンと頷きながら
「大丈夫だよ!僕が絶対わかって貰えるまで説得するから。姉ちゃん、任せてよ。」
そう言ってくれたのです。
アタシの気持ちを少しでも軽くしてあげよう。
そんな気持ちが伝わって来て、アタシはものスゴく安心しました。
「健···ありがと。」
その言葉は自然とアタシから出ました。
アタシの中には、健さえいてくれれば、どんな困難にだって立ち向かえる。
世界中がどんなにアタシたちを非難したとしても。
そんな気持ちが芽生えていました。
「ご馳走様でしたっ!」
すっかり重くなってしまったその場の雰囲気を吹き飛ばすかのように、健が大きな声で手をパンッ!と鳴らし、ニッコリ微笑んでいました。
そして少し張り出したお腹をポンポンと叩きながら「あ〜!満足ぅ〜!」とアタシに満面の笑顔をみせてくれました。
「良くお上がりました!」
健の戯けた仕草がアタシの気持ちも明るくさせます。
「お風呂入れてくるね。」
そう言うと健はそそくさとお風呂場へ向かいました。
アタシは健の食べっぷりを見たり、両親の話に気をとられて食べ進んでなかったので、残りを一生懸命かき込んでいました。
そういえば、お昼にも二人でお風呂入ったけど、お湯残ってるかしら?と気になりました。
お風呂場へ続く廊下から「自動湯はりを開始します。」とエコキュートの自動音声が聞こえて来ます。
アタシも残っていたものを完食し、一人で「ご馳走さまでした。」と手を合わせました。
そして食べ終えたお皿を片付け始めました。
健がリビングに帰ってくると、お湯の残量が気になったので、「お湯、大丈夫だった?」と健に聞くと、「うん。大丈夫そうだよ」と返事が返ってきたので、安心してお皿を洗うためにシンクへと運びます。
健もすぐに手伝ってくれました。
ほぼお皿をシンクに運び終えたら、テーブルを拭くために布巾を一度濡らしてから固く絞ったものを健に渡し、アタシはシンクでお皿を洗い始めます。
いつもならそれが当り前の風景なんだけど、今日は違ってました。
アタシは健と距離を起きたくなくて、「健、ちょっとこっち来て。」と思わず呼んでしまいました。
健はすぐにアタシの横へ立ち、「なんかあった?」と心配そうに聞きます。
別に用事があった訳でも何でもなかったのですが、アタシは「キスして。」と健の唇を求めました。
健はクスッと笑い、それに応えてくれます。
ただそれだけなのに、アタシはもう人生最高の幸せを感じずにはいられませんでした。
思わず「エヘ♡」と肩を窄めてペロッと舌を出し、戯けていました。
自分でもどんだけブリっ子なの?と思ってしまうほどでした。
健はそんなアタシを後ろから抱きしめ、首筋にキスをくれました。
でもそれがものすごくくすぐったくて、身が捩れてしまいます。
「ちょっとぉ〜お皿落としちゃうよぉ〜」
あんなに長い間、ずっと片想いだったのに、ちょっと行き過ぎた行動だったけど、ちゃんと想いを告げられて、それに健が応えてくれて良かった。そう思わずにはいられませんでした。
アタシ幸せだ。
健がアタシを求めてくれている。
それがアタシには何より幸せなんだ。と健の体温を肌で感じながら思っていました。
健はアタシの洗ったお皿をいつものように受け取り、それを乾いた布巾で拭き上げ、種類ごとに重ねては戸棚へ戻していきます。
そんな繰り返された日常の事でも、ふとした事で指が触れたり、目と目が合うと、とても癒されたように温かな気持ちになれました。
アタシたち、本当に恋人同士になれたんだ。
満たされた心が二人を結んでる。
健も同じ気持ちでいてくれたらいいな。
アタシはそんな事を考えていました。
片付けが終わると、どちらからともなく、唇を重ねていました。
そしてアタシは健の手を取り、お風呂場へと歩き出します。
それが当り前のように。
お風呂場の前の洗面台では二人仲良く横になり、お互いが歯磨きしている姿を鑑に、二人で見ていました。
鏡に映る二人の姿は今までにない笑顔に包まれていました。
健は鏡にアタシの姿を見つけると、今までにない笑顔を見せてくれるし、アタシはその笑顔につられて微笑むことができました。
アタシたちは微笑み合うことだけでも気持ちを共有してる。
そんな実感がありました。
歯磨きを終えるとどちらからともなく手を繋ぎ、アタシたちは揃ってお風呂場へ入っていきました。