杏奈の気持ち 〜 秋陽 〜 杏奈と健-32
お水をヤカンに入れ、沸かし始めると、
先に出来上がっていたジャーマンポテト風ニンニク炒めを大皿に盛ったものをテーブルへ運びます。
そして白く丸いお皿に付け合わせのキャベツやキュウリ、トマトのスライスに生ハムの花を咲かせた真ん前に焼き上がったハンバーグを乗せていきます。
そしてデミグラスソースをたっぷりとかけました。
それを二皿作ったら、テーブルに運びます。
そうしている内にお湯が沸いてくるので、健の大好きな粉末のポタージュスープをスープカップへ入れ、お湯を注ぎます。
軽く菜箸で混ぜたら、ご飯を大盛りに装ってテーブルへ運んで完成です。
健は料理を運ぶたびにテーブルの縁に手を置き、ひとつひとつの料理を食い入るように見ています。
それは今まであまり見たことがない表情で、あからさまに喜んでいるといった表情でした。
そんな可愛い一面が見られて、アタシも幸せだと感じました。
健はハンバーグが大好きで、健のためにかなり頑張って大きめに作ったハンバーグに健の視線は集中していました。
「ハンバーグのお肉は近江牛のA5ランクね。最高級だよ。初めて使うけど、美味しいかしら?」
アタシがそう言うと、健は満面の笑みを浮かべ、大きく手を打つようにして「いただきますっ!」とハンバーグから箸を刺します。
アタシも合わせて「いただきます」の挨拶をして、健の動きを見ていました。
健はハンバーグに切り目を入れて、溢れてくる肉汁に目をまん丸にして驚きの表情を浮かべ、そしてニッコリとアタシに笑顔を送ってくれました。
少し大きめに切り分け、それをパクッと口に入れます。
少し噛んだ後、「うんまっ!」と声を上げます。
それは顔がくしゃくしゃになるほどの笑顔で、モグモグと大きく口を動かしては「あ〜うまっ!ヤバッ!コレ!」と声を上げるのです。
アタシは心が満たされていくような幸福感に満ちていました。
「美味しい?···良かった♪」
自然にアタシも笑顔になりました。
健は口いっぱいにご飯を頬張り、「マジうまいよ。姉ちゃん!」とニコニコしています。
「あんまりたくさん掻き込んで、喉詰まらせないでね。」と心配になるほどでした。
健は「うん!大丈夫!いつものことだから!」と箸を握っていた親指をグッと突き上げ、ニコっと笑っていました。
こんな表情さえ、以前は見せてくれなかったので、それだけでアタシは胸躍る気分でした。
「健って、ホント美味しそうに食べてくれるよね。お母さんも言ってたけど、作り甲斐があるわ〜♪」
アタシがそう言うと
「このデミグラスソース、めちゃウマだね!なんかいつものと違う気がする。」
と返して来た。
いつものHEINZの缶のじゃないってわかるんだ!と少し驚いたアタシは
「わかるっ?それね、私のバイト先のなの。無理言ってわけて貰ったんだ。」
少しテンションが上がった。
健は「ヤッパ、プロの味かぁ〜。なんかコクが違うよね。」と知ったかぶりをするので、「なんかナマイキでちょっとムカつくぅ〜」と返しました。
そんなやり取りが可笑しくて、アタシは自然と笑顔になりました。
以前は同じ食卓について一緒に食べていても、アタシが一方的に語りかけることはあっても、健が言葉を返してくれることは滅多にありませんでした。
美味しそうに食べてはいても、アタシの顔を見ることもなく、黙々と完食していたのです。
完食するってことは美味しいとは思ってくれているのよね。
そんな自己満足しかなかったのです。
お互いに想いを確認し合い、それが通じ合う事で、こんなにも気持ちは変わるんだ。
アタシはそんな満足感に満ちていました。
「姉ちゃん!おかわりっ!」
健の大きな声で我に返り、アタシにおかわりを求めてくれたことに感動していました。
普段はそれはお母さんの仕事だったからです。
お母さんを真似て「ハイハイ」と笑っている自分がいました。
お母さんもこんな気持ちだったんだね、と思いながら、ご飯を山盛りに装い、健に渡します。
健が満面の笑顔で「ありがと」と受け取ると、胸がキュンとしました。
健はジャガイモとソーセージのジャーマンポテト風ガーリック炒めもバクバクと食べ進め、サラダを小皿に取り
「姉ちゃんてさ、女として完璧だよね。綺麗だし、可愛いし、優しくて、家事は何でもこなすしさ、料理もバツグン上手くて。僕なんかよりずっと頭も良いしさ。」
そうアタシを見つめ呟きました。
アタシはスゴく驚きました。
綺麗だとか可愛いだとか、優しいなんてこと、これまで一度だって健はアタシに言ったことがなかったからです。
顔から火が飛び出るんじゃないかと思うほど恥ずかしさと嬉しさが溢れます。
「えっ?!何?!今までそんな事一度も言ったことないじゃない。急にどうしたの?!」
そんな言葉しか口からは出ません。
内心はとても嬉しいのに。
思わず用事もないのにドレッシングの蓋を開けたり閉めたりしてしまいます。
自分でも何を狼狽えているの?と思うほどでした。
健は「?」という不思議そうな顔をして、「普通に思ったこと言っただけだけど?」と食べ進んでいました。
アタシは自分のあからさまに狼狽えた行動と健の言葉が嬉しかったのが混ざり合い、俯いて真っ赤になった顔を悟られまいとするのが精一杯でした。
「そんな事よりさ····」
健が少し重めに口を開きました。
「父さんと母さん、どうする?」