許婚という関係-1
休日の午前中。空は雲ひとつ無い快晴。薄着でも少々の蒸し暑さを感じる。同明高校より少々離れた所にある駅前近くの繁華街は、休日の日もあって多くの人々で賑わっていた。
北森総一は私服姿で、この繁華街まで遊びに来ていた。着ているのは半袖の無地のTシャツにGパンというスタイル。履いている白いスニーカーは一年前にこの辺りの靴屋で購入したものだ。
「(寮に居てもやることないし、久々の外出だけど‥‥)」
天気は快晴だが、総一はいまいち気分が乗らなかった。それもクラスの雰囲気の悪さが原因だ。
クラスの男子らと好きなゲームとかアニメだとか、くだらない話題で盛り上がったり、時々は女子生徒らと街中で遊んだりとか。人並みくらいには高校生活を期待していたというのに。そんな青春とはすっかり遠のいた学生生活。
総一はため息をつく。久々の外出だというのに気分が乗らないのは致命的だ。
「(気晴らしに街中でも見て回るかな)」
憂鬱な気分を吹き飛ばそうと総一は繁華街の表通りを歩く。休日という日もあってか、午前中から店は賑わいをみせている。
表通りのお店に目を向ければ、オープンカフェでは多数のカップルの姿も見ることができ、有名ブランド物のショップには主婦層の女性らが熱心に商品を眺めている。繁華街は盛況を見せていた。
そんなお店を眺めながらぶらぶらと歩いていると、背後から突然声をかけられる。
「ちょっと、ちょっとそこのお兄さん」
「え?俺ですか?」
総一は振り返ると自分自身を指差す。声をかけてきた男は、七三分けの髪型にサングラス、蛍光色系の黄色い法被姿という、見るからに胡散臭そうな怪しい格好だった。男は両手を背後に何かを持っているらしく、自分の背後に手を回したまま総一の言葉に同意して頷く。
「そうそう。今、ウチのお店閉店セール中なんだ。500円で買ってよ」
「500円?商品は?」
「それは開けてみてのお楽しみ。中身は見ないで買ってくれないかな?」
「えぇ‥‥?」
見るからに怪しい男が商品も見せないで売ってくる。はっきり言って買う理由がなかった。
「ね?ね?買ってくれない?」
「いや、俺は別に要ら――」
「必要だよね?ね?」
総一は断ろうとするが、言葉を遮り前に回り込んで買うように催促してくる。あまりにしつこいので素通りしていこうとしたが、男は懲りずに眼前に立ちはだかる。
「買って?ね?ね?」
「‥‥‥‥」
こんな押し売りな方法は警察の案件だろうが、総一はせっかくの休日が潰されるのが嫌なので、仕方なく商品を買うことにした。
「‥‥はぁ、わかりました」
総一はサイフから500円玉を取り出すと、男に手渡す。
「ありがとう!はい、これ商品ね」
男に目の前に差し出されて手渡してきたのはセロテープで封された怪しい紙袋だった。
「これってヤバい商品じゃないですよね?麻薬とか‥‥」
受け取った総一は二度見して思わず尋ねる。
「あはは、まさか。そんな本当にヤバい商品じゃないよ」
怪しい店員の男は笑う。
「あ、でも付き合ってもいない女の子の前では開けない方がいいよ。ちょっと引かれちゃうかも?」
「え?何でですか?」
「理由は開けてのお楽しみ!」
意味深なことを言うと、店員の男は再び路地裏に戻っていく。残された総一は紙袋を持ったまま、
「(こういう路上で通行人に押し売りするのって違法なんじゃなかったのか‥‥?やっぱり通報するべきだったかな)」
受け取った紙袋を眺めながら総一は思うが、閉店セールという話を思い出したので今回はスルーすることにした。そして、貰った紙袋は手に抱えたままだと歩きづらいので、持ってきた手提げ袋にそのまま入れると、再び歩きだした。