許婚という関係-3
「せ、先生と天上寺が許婚ぇっ!?」
内容を頭で理解するやいなや、総一は思わずその場で声を上げる。
「シッ!声が大きいぞ!」
京子は自分の口元に指を押し当てて、周囲を見渡す。誰も聞き耳を立てていないことを確認してから詳細な理由を語り始める。
「実は永介の両親と私の両親が古い知人らしく、私たちが生まれる前からそうしようと決めていたそうなんだ。今のところ、永介が大学に進学してから卒業後には永介の天上寺家に嫁ぐことが決まっているんだ」
「マジですか‥‥」
内容を聞きながら総一は少し落ち着きを取り戻しつつあったが、その衝撃の余波はまだ残っていた。
許婚という、総一自身アニメや漫画などでは聞いたことのある設定だが、実際にその目でその相手を見ることになるとは。それも、自分の通う学校の先生と生徒という組み合わせなのだから驚きの事実であった。
しかも、それが今橋京子と天上寺永介という組み合わせなのだから。表面上は落ち着きを取り戻しても、胸中では気が気じゃない状態だ。
「!あ、あぁ‥‥だから今日街中でデートしてたんですか。学校だと立場上いちゃつけないものだから‥‥それで‥‥」
二人が一緒にデートしていた理由を総一は察し、平静さを装いながら指摘する。
「まあ、それはそうなんだが‥‥他に根本的な問題があってな。それを一気に解決できないかと今日デートに望んだんだが‥‥」
京子の表情が一気に曇る。こんな表情の先生は、総一自身学校で見たことがなかった。その様子を見た総一は、すぐに心配になった。さっきまでの心を覆い尽くしていた天上寺永介への嫉妬や劣等感がその場で吹き飛ぶような勢いだ。
「もしかして、この前学校の屋上で聞けなかったことですか?」
「うん‥‥」
「この際、俺に話してはどうですか?どの道、内容知らないと協力も何もできませんが」
総一が言葉を促すと京子は「北森‥‥」と生徒の顔を見て、一瞬ためらう素振りを見せてから意を決して口を開く。
「‥‥そうだな。他の人間ならともかく、お前は一応事情も知った側の人間だし、愚痴がてら話しておこうか」
そう言うと京子は遠い目で語りだす。
「‥‥なんていうかさ、あいつはいい子ではあっても私の特別にはなれないんだよ」
「というと?」
「年上として接する期間があまりに長すぎたからあいつのことを恋愛対象としてはいまいち見れないんだよ。学校でも先生と生徒の関係だしな」
「そうなんですか」
「あいつは‥‥永介の方は私のことそういう目で見てるのはわかるんだけど、手をつないだり抱きしめても全然なんとも思わないんだ。不快感が無いだけマシなのかもだけど、さっきのデート中も手をつないだんだが、特に何も思わないのは大問題だろう?」
「うーん、確かに‥‥」
「ついでに言うと、さっきまで2時間近く演劇観てたんだ。肩こるわ」
そう言うと左手で凝った右肩を押さえながら、右腕をぐるっと回す。
「演劇ですか」
「ああ。デートするのは決まってたんだが、演劇というのは急に決まってな。私は基本的にラフでカジュアル系な私服しか持ってないから慌ててタンスから引っ張り出したんだ」
京子はベンチから立ち上がるとくるっとその場で回る。
「どうだ?今日はお出かけするから久々にスカートなんだが、正直お前から見ても私には似合わないだろ?」
自虐的に笑いながら京子は尋ねる。
「そんなことは――」
似合わないと言い張る京子を否定しようとした総一だったが、その前に本人言葉を続けられる。
「ははっ、わかってるんだ。自分でもこういうの似合わない女だって。もっと美人だったり可愛い女の人が着る格好だもんな」
京子は苦笑する。
「おかしいよな。体育教師で、いかにも悩みなんて無そうな私が恋愛で悩むなんてさ。私らしくないって‥‥」
京子は不安そうな表情で自身の心情を吐露する。
「正直不安なんだ。永介とこのままやってけるのかなって。恋愛感情なんて時間が解決するかもしれないけど、少なくとも今は不安なんだよ」
「先生‥‥」
定められている未来の相手に対して不安を吐露する京子は、総一の知ってる普段の姿からかけ離れており、脳裏に鮮明に焼き付く。尚も京子の言葉は続く。
「それに、今のままだと夜の相手だって正直不安で――」
「え、夜の?」
「!あ、いや‥‥これは言うべきじゃなかったな。忘れてくれ、アハハハ‥‥」
唐突に話題が変わったことへの総一の疑問に対して笑ってごまかす京子。
総一はその様子を不思議に思いながらも、京子の相談内容について考える。確かにこれでは気軽に学校で相談を持ちかける内容じゃない。生徒はもちろんだが、同じ職場の先生にだって相談できないだろう。その相手が許婚という立場だとはいえ、自身の学校に通う生徒だというのだから関係性的にもよくない。