再会からの始まり-4
「今年も先生は体育祭の運営なんですか?」
「いや、今年はやるかどうか微妙だそうだ。ウチの学校は特に勉学の方に力入れてるから体育祭自体無くなるかもって教頭先生が仰っていたよ」
「そうなんですか」
「昨今の本校は、勉学優先でお固い方向に突き進んでるからな。私も厄介払いかな‥‥」
京子は白い柵越しの眼下に広がる街の方を見ながら遠い目で呟く。
「先生、学校辞められるんですか?」
「え?あ、いや、行事の中でも体育祭は楽しみだったからそれが無くなるのは私の活躍の機会が減らされるってことをしんみりしただけだ。体育教師である今橋京子の出番はまだまだ終わらないよ」
物憂げな表情から一転して明るくなる京子。見ていると、こっちも元気を貰ったような感覚を味わう。
「‥‥そうだ、北森の方は今悩みとかないか?良かったら相談に乗るぞ」
「あ、悩みですか‥‥」
総一は話していいものか、と一瞬躊躇するが、相談できる先生が目の前に居るのにそれをしないのは逆に失礼だと考え、率直に思いを告げようと口を開く。
「正直言って今は勉強に付いていくのがやっとなんです。先生が言うように勉学優先だから付いていくので必死で‥‥正直ギリギリなんです」
「うん、確かに他の生徒からもそんな愚痴を聞くぞ」
「それに‥‥クラスの雰囲気もあんまりいい感じとはいえなくて‥‥」
「確かにそういう話も聞くなぁ。相談してきたのは違うクラスの女子生徒だったが」
「それで‥‥良かったらアドバイスの一つでも貰えないかなって」
「アドバイスか。うーん‥‥」
京子は目を閉じて立派な胸の前で腕を組んでしばし考える。そして、目を開くと総一の方に指を差して自身の答えを告げる。
「私が思うにだな‥‥いいも悪いもすべては自分次第だ!日々を変えていけるのは自分自身の力だぞ!」
「あははは‥‥」
見事なまでにアドバイスになっていない答えに総一は乾いた笑いがこぼれる。が、先生らしいなとも内心思った。この学校の先生の中でもこうして直接接して会話をしたのはこの今橋京子だけだからなおさらだ。
「先生は?悩みとかないですか?」
反対に悩みはないかと総一は京子に尋ねると、当人は目を瞬きする。
「私か?‥‥うーん‥‥」
京子は唸る。が、さっきの相談の時と違ってすぐに答えてはくれなかった。痺れを切らした総一は自分なりに推測して尋ねる。
「‥‥もしかしてさっきの体育祭のことですか?」
「いや、そのことは受け入れているし、基本的に学校関係での悩みはないんだ」
彼女の言い回しではなにやら他のことでは悩みがある言い方だった。
「あの‥‥この際俺に話してもいいんですよ?言いにくいことなら別ですけど」
「‥‥いや、この話はちょっと他人に相談しづらいことなんだ。決して北森が信じられない訳じゃないんだ」
「そうですか‥‥」
総一は相談してくれないことに少しだけ寂しい思いをしたが、表情には出さなかった。
「玉子焼きありがとな。お前はいい旦那さんになれるぞ」
そう言うと、さり際に髪をポンと手で撫でられる。
「じゃあな」
京子はニカッと白い歯を見せると颯爽と去って行く。その場に一人残された総一は、先ほど撫でられた髪の部分を手で触れる。
「今橋先生って風のような人だな‥‥」
クスッと総一は笑みを浮かべると、一人でお弁当を食べ始める。教室の時の不安感はすっかり消え失せていた。その代わりに心の中では今橋京子に対する興味が湧いていた。