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熱帯魚の躾方
【SM 官能小説】

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映画(五)-1

 少年期の私の回想シーンは比較的にシンプルな作りで、古本屋で初めてのSM雑誌を購入するという設定に変更された。
 高校時代から大学時代までは若手俳優が見事にAV女優扮する人妻を調教するシーンをやり遂げた。
 妻が入社するシーンからと出会うシーンから最終オーディションに残った菅内玲が亡き妻美夜を演じる。若き武田を演じるのは前髪を下ろして若作りした主演の松木だ。
 回想シーンは二十分程度に抑えたいということで、緊縛と露出をメインにした内容だ。
 縛りと鞭は私が担当した。玲の迫真の演技にやっとシチュエーションに慣れた名優松木の演技も冴えた。

 私の現場での役割はここまでだ。明日からは、普段通りの熱帯魚屋の主人に戻る。
 撮影のクランクアップまであと一月ほど、沙莉と美羽は無事にやっているだろうか?
 これ以上、沙莉と会うと関係が元に戻ってしまいそうだ。彼女には私などより、ずっと似合う相手が居るはずだ。もう、甘い夢は見ないでおこう。

 一ヶ月後、撮影が無事にクランクアップを迎えたようで、打ち上げの席に呼ばれた。沙莉と美羽の姿が無い。私の右隣には結花が座った。
 監督の団が立ち、長過ぎる挨拶を述べたせいで、ビールの泡が消えて無くなってしまった。
 順番にマイクが回り、全員が一言ずつ話を述べる。私も簡単に感謝の気持ちを述べた。

「ごめんなさーい!遅くなっちゃった!」黒いスカートスーツの美羽と胸元が大きく開いた青いタイトなロングドレスを着た沙莉が宴会場へと入って来た。深いスリットから覗く黒い網タイツの脚が艶めかしい。
 監督の団に勧められて沙莉がマイクを握った。「皆様、撮影ご苦労様でした!ほんとに初めて経験することばかりで、毎日プレッシャーとの戦いでしたが、大きな何かを乗り越えた気がします。団監督、演出の比留川結花さん、作家のT先生、俳優の皆様、スタッフの皆様、こんな中山沙莉を支えてくださり、真にありがとう御座いました。」沙莉が深々と頭を下げた。

 沙莉はAPに案内されて、私の左隣に座ったが、挨拶と乾杯を済ませたあと、主要関係者にビールを酌をして回った。どこか素っ気ない雰囲気がする。

 宴会はブュッフェスタイルで各自好きなようにテーブルを巡ることが出来る。舞台では、それぞれの宴会芸が始まった。私の右膝に結花が手を置いた。

「貴方の小説のヒロインは中山沙莉のことね。」「違う女性ですよ。そんなわけない。」「本当にノンフィクションだったのね。驚いたわ。」「いやいや有り得ないですよ!私があんなスーパーモデルとなんてある訳ないじゃないですか?」結花が射抜くような鋭い眼で見つめる。
「今はスーパーモデルで有名女優でも、元は普通の女の子。貴方が育てたようなものよ!綺麗でスタイルいいだけじゃ、あんな風になれないもの。」「買いかぶり過ぎですよ!ハハハ…。」「沖縄旅行でスクープされたのも貴方ね。あれが原因で遠ざけた、いや別れた。」
 どうしようか迷った。沙莉との関係は結花が想定する通りだ。「ちょっとした顔見知りではありましたけど、そんな関係じゃないですよ。」「絶対認めないということね。確かに彼女の主人ならば、彼女の立場を守らないとね。でも、もし彼女がカミングアウトしたらどうするの?ま、映画はそのほうが売れるでしょうけど。」
 結花の張った蜘蛛の糸に絡め取られそうだ。「貴方には普通の男には無い不思議な魅力があるの。だから瑠璃が抱かれたいの。あの後、貴方の寝室に行ったでしょ?他の娘が見てたの。」「いや、それは…。」言葉に詰まってビールを流し込む。
「大丈夫よ。好きにさせてるから怒ったりしないわ。」結花もビールを流し込んだ。「瑠璃を傷つけまいとして抱かなかった。極端なほどのフェミニストね。ふふふ。でも、反対側にはサディスト。まるで、ジキルとハイドみたい。暴走はしないけど。」「確かに私にはそういう二面性がある。でも、誰しも持っているんじゃないかな?」「瑠璃は貴方に縛って貰えて喜んでたわ。縄の跡を嬉しそうに指でなぞるの、可愛かったわよ。」「それは、良かった。手伝った甲斐があったよ。」
「沙莉ちゃん、まだ貴方を愛しているわ。そして、憎んでもいる。きっと貴方を離さないでしょうね。愛するにしても、憎むにしても。」「ほんと、買いかぶり過ぎですよ!」私の話など意に止めず結花は話を続ける。
「でもね。愛と憎しみは同音異義語なの。二つは同じ磁石のSとN、特性は反対だけど磁場で繋がる。強い憎しみは強い愛のようなもの。遠ざけてないで、ちゃんと向き合ってみたら?」

 結花の話はここまでだった。彼女は監督を中心に各テーブルを回り、労いの言葉をかける。
 私のテーブルには、主演の松木陸之助と菅内玲が来て、映画とSM談義に花が咲く。途中から美羽や脚本家も加わった。口を揃えて次回作を期待していると何回も聞いた。

 打ち上げは沙莉と同席すること無く終わった。もう、愛されてなどないだろう。あれは撮影現場で沙莉が上手く演じる為に私に取り入っただけだ。やっぱりただ憎まれているだけだ。それでいい、私がそばにいるのは彼女のイメージダウンにしかならない。

 熱帯魚屋の店主に戻って、もう半年が過ぎた。映画の関係者がたまに遊びに来たりしたが、平穏な日々を送っている。
 
 結花が瑠璃子をモデルに撮ったSM写真集は大ヒットし、祝賀会に呼ばれた。一冊贈られて中身を見たが、官能美の中に純粋な美しさが活き活きと表現され素晴らしい出来だった。やはり比留川の血は異能だ。店に遊びに来た瑠璃子に再会し、屋敷に泊まりに来ないかと誘われたが断った。
 私は彼女達の世界では上手く泳げそうにない。

 美羽と編集長からは、次回作を熱望されるが、とても筆を取る気にはなれなかった。『熱帯魚の躾方』は、沙莉との日々を綴った日記を元にした小説で、何もないところから発案してフィクションで書く才能は私には無い。


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