映画(五)-3
「そのお付き合いされていた男性は、沖縄に一緒に行かれた男性ですよね?」「はい!そうです。」
この展開はヤバい!沙莉は何をするつもりだ。
「ズバリ聞きますが、その方は原作者のTさんじゃないですか?」
緊張から冷たい汗が滲む。
「はい!T様です。私の御主人様だった人です!」
会場がどよめく。司会の女性が静かにするように促す。
「あの原作『熱帯魚の躾方』はノンフィクションということですか?」「御主人様が日記をつけていたことは後日知りました。内容としてはノンフィクションです。」
「私も二回ほど読みましたが、あんな過激なプレイをされていたということですか?」沙莉が淫蕩な笑みを浮かべて言った。
「実際は、もっと過激かもしれません。んふふ。」
今度は会場が鎮まり返った。
記者達が沙莉に呑まれているように思える。「そんなことをして辛くはないのですか?」「小説の通りです。人生の中で一番幸せでした。」「今よりもですか?」「勿論今よりも、です!」
「次にお付き合いする男性にもそういう行為を求められますか?」「いいえ、それはありません!御主人様しか愛せませんから…。」「でも、別れられてますよね?」「はい。嫌われても憎まれても、今度は絶対に離しません。」
「よりを戻すということですか?」「戻して頂けるまで、絶対離しませんよ!」沙莉が笑った。きっと画面の向こうの私に話しているのだ。
「原作者のTさんについてお聞きしますが?どういう方ですか?」「ごく普通のオジサンです。お金持ちでも、ハンサムでもありません。お腹も出てますし。あっ、ごめんなさい御主人様!テレビ観ているかもしれないのに!えへへっ。」沙莉が一番慌てた瞬間だった。
会場が笑いに包まれる。またもや沙莉のペースになり、記者のほとんどが沙莉の擁護派に変わっていく。
司会の女性が話す。「中山沙莉さんへのご質問はこちらまでで締め切らせて頂きます。では中山さんから最後に一言をお願いします。」
「私、中山沙莉は来年三月を持ってタレント、モデル、一切の芸能活動から引退します!」
再び会場がどよめく。
「もう十分にやりたいこともやりましたし、夢もたくさん叶えました。何一つ悔いはありません。これからは御主人様一筋にお仕えさせて頂こうと思います。取材も一切拒否致します。どうか静かに見守って頂けるよう、宜しくお願いします。皆様、ありがとう御座いました。」
深々と頭を下げて、沙莉は会場を後にした。
テレビを観ていた私の頬にはいつの間にか涙が伝っていた。何ということだ。日本が誇るトップモデルを女優を引退させていいのか?
こんなただの親父と付き合う為に引退するというのか?これは何としても止めないといけない。
美羽に電話したが出ない。沙莉の連絡先はもう消してしまっている。そうだ履歴書があったはずだ。もしも、連絡先が変わっていなければ…。
事務所へ行き、沙莉の履歴書を持ってリビングへと戻った。懐かしい、こんなに純真な雰囲気だったんだ。「将来の夢、女優、タレント、モデルか。全部叶ったな!」
沙莉へ何度も電話するが出ない。知らない番号だから出ないのか?それともマスコミに追われているのか?
ピンポーン♪玄関のチャイムが鳴る。ガチャリと鍵が開いた。何者かと驚いて身構えた。
そこには、さっきまでテレビの画面に映っていた白いドレス姿の沙莉が居た。私めがけて走って飛び込んで来た。何も言わずただ抱きしめた。沙莉の体温と柔らかさが伝わって、熱い波動のように拡がっていく。
肩越しに沙莉の嗚咽が聞こえる。私も我慢していた涙が溢れた。泣いた。抱き合って、ひたすら泣いた。
何度も私と沙莉のスマホが鳴るが耳に入って来ない。もう、どうでもいい。
沙莉が身体を離した。腰を抱いたまま濡れた瞳で私を見つめる。
「ただいま…。」「おかえり…。」
「私を憎んでいるか?」「ええ、殺したいほど。」
「私を愛しているか?」「ええ、殺されたいほど。」
「もう離さない!次に離したら御主人様を殺して、私も死にます!」「本望だね。ハハハ…。」
「本当にこれでいいのか?」「良くなかったら、タクシー飛ばして来ないわよ!」
唇を重ねると飢えた獣が獲物を貪るかのように熱い舌が飛び込んで来た。舌を噛みちぎりあうかのように痛いほど吸い絡めあう。
「殺して…。」「ああ、何回でも殺してやる!」
背中のファスナーを下ろした。沙莉の香りが脳の奥に染み渡っていく。