杏奈と健 〜 鏡の中のアンナ 〜-20
「僕は帰って来たらとりあえず母さんには打ち明けようと思ってる。」
「えっ?!」
姉は驚いて僕を見上げた。
「なんで? 昨日の夕食の時、そう話したじゃん。」
驚く杏奈の反応が理解出来ずに、僕はそう答えた。
「あ、でも今日なの?」
杏奈は意外そうに問いかけてくる。
「今日でも明日でも明後日でもいいことなら、今日やっとかないと。じゃないと、いつまで経っても出来なくなるよ。」
そう言うと、杏奈は大きく息をついた。
「やっぱり健ってスゴいね。そういうモノの考え方、スゴく素敵。だから好きになっちゃうんだろうな。」
杏奈は呟くようにそう言って残っている皿を洗い上げた。
僕が杏奈に褒められたことに照れていると、布巾で皿を拭き上げている背後から腰に手を回し、「健。大好き♪」と抱きついた。
僕はいそいそと皿を拭き上げながら、「僕も大好きだよ。杏奈。」と後ろを振り向きながら答えた。
最後の皿を拭き終わると、杏奈は背伸びをしてキスを求めてくる。
僕はそれに応え、腰を曲げて、チュッ!と口吻を交わした。
向かい合って静かに抱き合う。
それだけで心温かく、満ち足りた気持ちになった。
時計を見ると、11時半を回っていた。
杏奈はおもむろに風呂場へと向かい、洗い上がった洗濯物の入った洗濯籠を持って来て、手際良く畳み始める。
畳み終わった洗濯物を自分の物と僕の物、父母や共有のタオル類へと分け、僕らは自分の洗濯物をお互いの部屋へと持って行った。
そして再びリビングへと戻り、杏奈は「何とか間に合ったね。」と胸を撫で下ろしていた。
そんな時、ピンポ〜ン!と呼び鈴が鳴った。
帰って来た!両親だ。
杏奈が緊張の面持ちで玄関へと走る。
二人で出迎えるのは不自然だと思い、僕はリビングのソファーで待つことにした。
少し慌ててテレビもつけた。
日曜のワイドショーをやっていた。
不自然に見えないように、今まで見てましたといわんばかりに膝も組んだ。
そうこうしていると、母が「ただいまぁ〜」と言いながら、リビングへと入って来た。父も後に続き、杏奈がその後ろに立っていた。
父が「健。健の好きな鱒寿司買ったきたぞ。」と言いながらそれを冷蔵庫に仕舞い始める。
「やっぱり土日は新幹線、混むわねぇ」と母が溢す。
父は「荷物片付けるわ。母さん、コーヒーでも飲んでな。」
そう言って玄関横の自分たちの寝室へと向かって行った。
僕はチャンスだと思った。
杏奈は緊張した様子で「お母さん。コーヒー入れてあげるね」と一瞬僕と目を合わせながらダイニングへと向かう。
母は杏奈に向かって「あら、ありがとう。」と言いながら、「よっこいしょっ」と僕の向かいのソファーへ腰を降ろした。
僕は母をジッと見つめ
「母さん。話があるんだ。話っていうか、相談なんだけど。」
そう言うと母は
「あら、改まってなあに?大事なこと?」
そう聞いてきた。
杏奈が入れたコーヒーを持って、ソファーの間に置いてあるガラスのテーブルの上にコーヒーを置いた。
母が「あら、悪いわね。ありがとう。」
と言うと、緊張した面持ちで杏奈は「ううん。」と答え、そして杏奈は僕のすぐ隣に腰掛けた。
それを見た母の眉がピクリと動いた気がした。
「母さん。僕と杏奈さ···」
そう言うと、母は
「杏奈?」
と反応した。
「僕と杏奈、好き合ってるんだ」
端的にはっきりと僕は母に伝えた。
目をまん丸にとても驚いた表情を母は見せたが、「それでさ···」と続けようとした僕を遮って
「お父さーんっ!お父さーんっ!」と父を大きな声で呼び始めた。
「ちょっとぉっー!アナタっ!アナタっっ!」と家中に響き渡る。
「えっ?えっ?」
僕と杏奈は母の行動が理解出来ずにただオロオロとしていた。
父が「どぉしたぁ〜?」とリビングに入ってくる。
すると母は、「アナタっ!この子たち、やっと自分たちの気持ち、言えたって!」
大きな声で母が父に叫ぶ。
父はそれを聞いて
「そぉかぁ。やっとかぁ〜」と感慨深げに頷いていた。
僕らはお互いの顔を見合わせ、何が起こっているのか理解出来ずにいた。