杏奈と健 〜 鏡の中のアンナ 〜-2
テーブルに置かれたサラダは、キャベツに大根の千切り、オニオンスライスの下にレタスが細かくちぎって敷かれ、色鮮やかな赤と黄色のパプリカが彩りを添えている。
カリカリに焼かれたベーコンと茹でたアスパラが添えられ、見る目を楽しませる。
どの野菜も一度水に晒され、瑞々しさを感じさせた。
暫くするとジュワーっと肉の焼ける音がした。
ハンバーグだ!
匂いでそう感じた。
僕の大好きな料理だ。
三ツ口コンロの上にはまだ鍋が他にも乗っていて、姉は忙しく蓋を開けては閉め、時に味見したりしてウンウンと頷いている。
なんとなく申し訳ない気持ちになって、
「なんか手伝おうか?」と聞いてみるが、「いいから座ってて。暇ならテレビでもつければ?」
と返事が返ってきた。
姉を見ているだけで満足だったので、テレビをつける気持ちにもならなくて、ずっと姉の姿を目で追っていた。
思えばこれほどマジマジと姉を見つめたことなど、今までなかった。
それはしちゃいけないことだと、ずっと自分に言い聞かせてきた。
姉弟なんだから。
弟なんだから。
姉を好きになっちゃいけない。
ずっと自制してきた。
オナニーの時の妄想だけ許して欲しいと心の中で懇願しながら。
その姉を想いながらのオナニーを姉は知っていた。
僕のオナニーの物音と小さな声を聞きながら姉は僕を想ってオナニーをしていたなんて···
そして僕らはお互いの想いを確認し合い、ついさっき、激しく交わった。
なんだか今でも夢のようだ。
こうしている瞬間も夢の中なんじゃないかと錯覚してしまう。
頭の中がフワフワした感じがして、言い知れぬ不安を誘う。
そうこうしていると、「おまたせ!」と料理が運ばれてきた。
白く丸い皿の上には、デミグラスソースがたっぷりとかけられた、とても大きなハンバーグ。
400gはありそうだ。
ハンバーグには刻みキャベツとスライスされたトマトとキュウリ、花の形に整えられた生ハムが添えられ、スープは僕の好きなポタージュスープ。
ジャガイモにソーセージを合わせて焼いたドイツのジャーマンポテト風のガーリック炒めが大皿で真ん中に置かれた。
僕の大好物ばかりだ。
ご飯はいつもの大盛り。
あっという間にテーブルの上が華やかになる。
「ハンバーグのお肉は近江牛のA5ランクね。最高級だよ。初めて使うけど、美味しいかしら?」
僕のために買って来て、用意してくれたんだ。
申し訳なく思うと共に、すごく嬉しかった。
さっきまでの不安感は全て吹き飛んだ。
いつものように二人で手を合わせ
「いただきますっ!」
と声を上げた。
僕は速攻で箸をハンバーグに突き立てる。
少し赤みの残った断面のハンバーグは、切り目を入れたとたんにジュワジュワと肉汁が湧いて出る。
しかも箸で簡単に切れるほど柔らかい。
口に運ぶと肉汁が溢れ出し、肉の旨みが口の中いっぱいに拡がる。
「うんまっ!」
噛むと解けるように口の中に拡がり、肉の旨味がハンパない。
しかも油がしつこくなく、甘みを感じる。
酸味の効いたデミグラスソースとの相性もバッチリで、口の中に贅沢な旨味の渦が拡がる。
「あ〜うまっ!ヤバッ!コレ!」
ボキャブラリーが乏しいが、それしか言葉が出てこない。
「美味しい?···良かった♪」
姉が僕の表情を見ながら嬉しそうに呟いた。
僕は飯とハンバーグを交互に口の中へと掻き込み、バクバクと食べ進める。
スープと小皿に取ったサラダを時折挟み、ハンバーグのデミグラスソースを米の上に乗せ、また掻き込んでいく。
「マジうまいよ。姉ちゃん」
そう言うと
「あんまりたくさん掻き込んで、喉詰まらせないでね。」と笑っていた。
「うん!大丈夫!いつものことだから!」
ポタージュスープを口にして、再び飯とたっぷりとデミグラスソースを纏わせたハンバーグを交互に食べる。
「健って、ホント美味しそうに食べてくれるよね。お母さんも言ってたけど、作り甲斐があるわ〜♪」
姉は染み染みと口にする。
「このデミグラスソース、めちゃウマだね!なんかいつものと違う気がする。」
僕がそう言うと、姉は「おっ!」という顔をして、「わかるっ?それね、私のバイト先のなの。無理言ってわけて貰ったんだ。」
誇らしげに姉が言う。
「ヤッパ、プロの味かぁ〜。なんかコクが違うよね。」
知った風に僕が言うと
「なんかナマイキでちょっとムカつくぅ〜」
姉はそう言ってクスクスと笑っていた。
「姉ちゃん!おかわりっ!」
ハンバーグを半分ほど残して、僕はご飯が足りないことを催促した。
姉は食べていた箸を置き、嬉しそうに「ハイハイ」と返し、ご飯を装いに行く。
大盛りに盛られた茶碗を受け取り、僕は無心で食べ進めた。
ガーリック風味で炒められたジャガイモとソーセージも絶妙な味見付けで、さらに食欲は湧いてくる。
サラダを小皿に取り直し、テーブルに置かれていたシーザーサラダドレッシングをダバダバとかけ、掻き込むように食べ進める。
時々姉が気になり、チラリと見るが、静かに食べている姉はずっと微笑んでいる。
その表情に妙な安心感が湧き、箸が進む。
「姉ちゃんてさ、女として完璧だよね。綺麗だし、可愛いし、優しくて、家事は何でもこなすしさ、料理もバツグン上手くて。僕なんかよりずっと頭も良いしさ。」
僕がそう言うと、姉はビックリしたように目をまん丸にして
「えっ?!何?!今までそんな事一度も言ったことないじゃない。急にどうしたの?!」