映画(三)-1
いよいよ、オーディション三次選考の日が来た。実質上、最終選考となる。私が選んだ女性か、逆オファーの有名女優。どちらになったとしても楽しみだ。
丸川書店の大会議室に予定よりも、三十分も早く来てしまった。前回までのオーディションのデータを見直す。最終的に残った女性よりもルックスやスタイルが良い女性はたくさん居るが、内容が特殊な分、演技力を重視したい。
理沙(沙莉)には誰もなれないが、この女性なら当時の理沙(沙莉)の清純さと隠れた淫猥さを表現してくれるだろう。
審査員全員が揃ったのは、三次選考の五分前だった。案内係として美羽が最終選考に残った女性を控室まで呼びに行った。
紺色に綺麗な花柄の入った膝丈のワンピースを着た女性が入って来た。「菅内玲です。宜しくお願いします。」早速、団から質問が飛ぶ。「フルヌードでSM的要素の強い作品になりますがどう思われますか?」「『熱帯魚の躾方』を二回拝読させて頂きました。」「ありがとうございます。」私からも礼を言った。
「あまりに過激で、ドキドキしながら読ませて頂きました。段々と主従関係と愛情が深まっていくにつれ、官能作から恋愛作へと頭の中でシフトして行きました。正直、ちょっと憧れました。どうしてもこの役をやってみたいと思い応募しましたので、ヌードも、それ以上の行為があっても厭いません。」真っ直ぐ見つめて話す瞳に力強さを感じる。
いくつかの質問の後、結花が台本の台詞の言い回しを振った。
武田の台詞は団がした。「調教を始める!」
菅内玲が理沙を演技じる。「御主人様、ご調教宜しくお願いします。」
白地に大きな青い薔薇の刺繍が入った下着姿になり、床に頭を擦り付けた。
「先生、どう?」「いいですね!」
結花からまた一つ、「台本無しで主人に赦しを乞う場面をやってみなさい。」と注文が入る。
菅内玲が演じる。「ご、御主人様!お願いです。お赦しください。」膝まづいて赦しを乞う。
「はい。いいわ、ありがとう。」
「うーん!彼女いいねぇ。他の映画でも使いたいくらいだ。」団が唸る。
「綺麗で演技力もあるけど、何だか滲み出てくるものが無いの。裏側にもっとマグマのようにドロドロとした感じ。」結花はちょっと物足りないようだ。
「先生は?」結花の視線がこちらを向いた。「そういうのは普段は潜在意識下に隠れていて、特殊な行為を持って初めて出てくるように思えるから、普段からノーマルな人には難しいんじゃないかな?」
「今から、オファーを頂いた女優さんを連れてくるよ。」団自らが扉を開けて迎えに行くとは、相当な大物女優かもしれない。
コツコツとヒールの音が聞こえ、胸が高鳴った。
ガチャリと入口のドアが開く。全員が食い入るように同じ方向を見つめた。
見覚えのある黒いタイトなノースリーブのミニワンピースを着た女性が入って来た。小顔に大きな瞳、まるで少女のような清純さと、艷やかな色気をオーラのように纏っている。
「中山沙莉です。宜しくお願いします。」深々とゆっくりお辞儀をする。団が慌てて椅子を用意して座らせた。彼女は長い脚を斜めに流して座った。
驚き過ぎて声が出ない。唾も出ない。私のことを恨んでいるのだろうか、私のほうは見ない。
「結花先生、団監督、ご無沙汰しておりました。」「サリーちゃん、いつ帰って来たの?」「昨日です。Canelさんとは契約更新しなかったので…。」皆が驚いて室内がざわつく。
「まさか断って帰って来たの?」結花が驚いている。
「はいっ!どうしてもこの映画の理沙を演じたくて!パリで仕事の合間に何度も何度も読みました。」団が問う。「フランスで売ってたの?」「いえ、電子版しかなくて、美羽ちゃんに送って貰ったんです。ほら、先生のサイン入り!」初めて私を見て笑った。軽く会釈をしたが言葉が出ない。
「美羽ちゃん、知り合いだったの?」結花が驚く。「一緒に住んでましたよ!ねっ、お姉ちゃん!」「はい!」「えっ、あのレズ疑惑って?」結花が続いた。「あっ、はい!私です。でも、あれはわざとですけど。」美羽が悪びれずあっさりと答える。
「ここだけの話、あの男性とは?」脚本家から質問が飛ぶ。「残念ながら、フラれちゃいました。」沙莉がおどけて舌を出す。また、私をチラリと見た。
「何故、こんな過激な映画に出たいの?貴女なら脱がなくても引き手数多でしょ?」結花が問う。「この理沙は、私そのものだと思ったからです。きっと、私しか演じきれないと思います。」
玲の時と同じように台本を見せて演技して貰う。団が武田役で読もうとすると、沙莉が私に読んで欲しいと言った。「原作者はT先生ですから。」本と同じように沙莉の前に仁王立ちになった。沙莉がワンピースの背中のファスナーを下げた。
「沙莉さん、そこまでしなくても!」止めようとした団を沙莉が手と目で制する。
薔薇の刺繍が入った黒いレースの下着姿になった。大きく丸い乳房、括れたウェスト、白桃のような尻、沙莉の美しさに全員が固唾を飲む。
「今から調教を始める!」思い切って昔のように強く低く声を出した。
私の前で四つん這いになり、私を見上げながら「御主人様!宜しくお願いします!」半歩前に出て私の靴に唇を付けた。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!やり過ぎ!」美羽が慌てて止めに入る。
「美羽!邪魔しないで!これはまだオーディションよ!」強い眼力で美羽の動きを止める。
「そのままの流れで、御主人様に赦しを乞うの!」結花が指示して流れを作る。
「ひぃー、もう、もうお赦しください!お願いします!」顔を上げ私を見た時、素早くウインクしたのがわかった。腰骨にすがりつき、顔を擦り付けて赦しを乞う。「何でもしますから、赦して…アアアッ…。」
沙莉の演技の迫力に会場が静まり返り、拍手が湧いた。沙莉がワンピースを着て、美羽が背中のファスナーを上げた。